29 / 57

くちづけ6

「大丈夫? 僕に触るなんて…っ」 「少しなら平気。…もう少しいい?」 「もう少しって?」 不思議そうな顔をしたマールに手を伸ばし、その髪のひと房に触れた。 その瞬間、ぴりっと痺れるような痛みがソルを襲った。 「…ソル、…――あの、…ソル」 「うん、」 不安げなマールの瞳が潤む。 怯えるような表情をよそに、ぎこちなく空色の髪をすくうと、その指がマールの顎先を撫でた。 「…っ。マズイから、…これ以上は、マズイよっ。ソル!」 「わかった」 こくりと頷くと、ソルは指先を引っ込める刹那、 かすめとるようにマールの唇に触れた。 「っ、」 かあっと頬を染めたマールが、堪えきれずに水の中に沈んでいく。 「マール…!」 彼は慌てて水面を覗き込んだ。 その直後、 ひゅうっと羽音を鳴らして、虹色の鳥が滑空してきた。 水の中に消えてしまった友人を探すように、河の上を旋回する。 「マール!」 水面から瞳だけを出したマールは、耳まで真っ赤だ。 「…帰る。…また明日」 「マール! あの鳥の名前を教えてくれ!」 「名前?」 その時になって、初めてあの虹色の鳥に名前がないことに気づいた。 「もし、名前がないのなら、皆黒につけてもらうといい!」 「…皆黒に…」 「陽王(ひおう)の名前も皆黒(かいこく)がつけたって! アイツは良い名をつける! 幸せになる名だ!」 「か、考えとく」 消えいるように呟くと、 マールは身を翻して河の中へと隠れた。 川岸にしゃがんだソルの頭上で、 虹色の鳥が、 くるりと大きく円を描いて飛んでいた。

ともだちにシェアしよう!