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ソルの言い訳2
河から上がったマールが、真剣な面持ちでこの屋敷に向かってくる。
全身ビシャビシャのまま、それでも構わず坂を登ってくるのを見て苦笑した。
「おやおや。彼はよほどご立腹らしい。…まぁ少しぐらい水がなくても平気だろうけど、勇気があるなぁ」
「…? なんの話だ」
「お前の大切な人が、あと数分でこちらにやって来るよ」
「えっ?!」
ソルは慌ててさっと暖炉の隅に身を隠した。
精一杯に体を小さくして、炭の燃えカスに紛れるように息をひそめる。
「なにやってんだ、お前は」
「黙れ。オレのことはマールには言うな」
「バカだなぁ」
と呆れ果て、やれやれと肩をすくめた直後。
水精霊・マールが、ノックもなしに屋敷の中に入ってきた。
キレイな顔が台無しになるほど眉毛を吊り上げ、今にも泣きそうになっている。
皆黒は、小さく息をついた。
「ようこそ、と言いたいところだけど。泥水に変えられても文句が言えない無礼さだな」
「ソルはどこ?! もう帰ってるんでしょう? なぜ僕に会いにこないの?!」
「――あいつは、いない。呼び戻そうとしたけど、全力で拒否られた」
「!」
とたんにマールが蒼白した。
打ちひしがれた顔をして、美しい空色の瞳がぐらりと揺れた。
…暖炉に、火の気がない。
細く白い煙が漂っているものの、その小さな火種からはソルの気配を感じ取ることができない。
マールは愕然とした。
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