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チクッとだけ
翌日、ユキとトラの所にやってきた。
トラと話をしてるユキは、これから注射をされるなんて知らない。
「じゃあ予防接種しましょうか。大丈夫よ、一瞬だからね。」
「……大丈夫?何が?」
「あ、あら、命、伝えてないの?」
「伝えたら泣くと思ってやめた。」
正直にそう言うとユキが不安そうな顔をして俺を見上げてくる。
「な、何、するの……?」
「ユキ君。あのね、ちょっとチクッてするだけだからね。」
「あっ!な、なに!」
ユキを抱きしめて、俺が椅子に座りトラの方を見ないように頭を胸に押え付ける。
「はーい、いい子ねえユキ君。」
「あっ、ぁ、何するのぉっ!やだ!注射やだ!」
体を軽く押さえて服の袖を捲る。
ささっと消毒をしたトラが、「じゃあやるわね」と俺に伝えてきたから、こくりと頷く。
「ユキ君、いい子だからねえ。」
「ひっ、ひぅ、ぁ、あっ!痛っ!」
ワーワーと泣き出したユキ。注射を終えて服を直されてもそのままで動かない。
「命、ひどいぃっ!嫌いだもん!命も、トラさんも、やだぁっ!」
「あら、嫌われちゃった。あんたのせいよ命。」
「何でだよ。お前が注射したからだろ。」
「頼んだのはあんたじゃない。はーい、ユキくん泣かないで。頑張ったご褒美でチョコレートあげるからねぇ。」
トラがそう言うと少し顔を上げて、チョコを貰ってまた俺の胸に顔を隠す。
「命っ!バカ!」
「あ、人にバカって言ったらダメなんだぞ。」
「だって…だってぇっ!」
「怒んなよ。もう終わっただろ?」
「僕は、痛かったのっ!」
久しぶりにユキが本気で怒ってる。
落ち着かせようと頭を撫でると、しばらくしてから小さく息を吐いて、体の力を抜いた。
「僕、もうねむねむ……」
「疲れたんだろ。寝てていいぞ。」
「ねんねする……。ぁ、トラさん、嫌い、違うよ……?」
どうやらさっき嫌いって言ったことは嘘だと伝えたかったらしい。トラにはちゃんとそれが届いて、俺と同じようにユキの頭をなでてやっていた。
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