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命が怒った
組に帰ってきて、何も話すことなく命は幹部室に行き着替えを持って風呂に行く。返り血がついたままじゃ気持ちが悪いんだろう。その様子を幹部室にいた赤石と中尾が見て、ただならぬ命の雰囲気に、いつも空気の読めない中尾ですら黙って大人しくしていた。
「ちょっと、何でみっちゃんあんなにキレてんの?」
命が幹部室を出た後、こそこそと赤石が聞いてくる。
首を左右に振って知らないと伝えると「最高に怖いんだけど」と身を小さくした。
「誰だよみっちゃんを怒らせたやつ」
「お前、命のこと気にするのはいいけどよ、テメェの仕事は終わったのか?」
「終わったと思う理由を教えてほしいね」
手元にあったなんでもない紙を丸めてボールにして投げつける。赤石の頭にそれが見事ヒットして「ちょっとぉ」と文句を言うのを無視した。
それにしても、命があんなに怒るところは滅多に見ない。
何が命をああさせたのかがわからなくて、なにか思い当たることは…と記憶を振り返ってみる。
そういえばさっき、いつもならスルーできたことと言っていた。つまり普段はそんなに気にしていないこと。
コンプレックスですら、周りから見れば何ともないのに、本人が普段は気にしていないことを発見するなんて無理難題だ。
しばらく考え込んでいると命が帰ってきて、髪を濡らしたままソファーに座り煙草を吸い出す。
「みっちゃーん」
「…何」
馬鹿な赤石は全力で勇気を出してるようで、まだ不機嫌な命に近づきそのまま抱きつく。
「今日は煙草吸ってるんだね、珍しい」
「…別に」
ギギギ、と壊れたブリキのように首だけ動かし俺を振り返った赤石の顔は悲惨だ。
いつも以上に冷たい命に耐えかねて俺の方に来ては何故か俺にまで抱きついてきやがる。
「みっちゃんがぁ!」
「離れろ、気持ち悪い」
赤石を離させて、俺は命に近づく。
首にかかっていたタオルをとって髪を拭いてやると大人しくされるがまま。
「髪くらい拭いてから出てこい」
「…面倒だったんだよ」
「お前の面倒臭がりはどうにかなんねえのか」
「無理だな」
紫煙をユラユラと揺らす命。
少し顔を覗きこめばさっきより目つきは鋭くない。
「何」
「いや、やっと落ち着いたかと思って」
「…ああ、なるほど」
灰皿に煙草を押し付けた命は立ち上がって「帰る」と言った。いや待て、まだまだ勤務時間は続くはずだ。
「お前本当、今日どうした」
「疲れた」
「だから帰るって…子供かお前は」
「何でもいい。家に帰って早くユキに会いたい」
ここまで力が入ってない、やる気のない奴を職場にいさせても意味が無い。そう思って軽く命の頭を叩いた。
「わかった。明日は元に戻ってろよ」
「…うん」
ふらりと立ち上がった命は荷物を持って幹部室を出る。
ユキくんが八つ当たりを受けなきゃいいけれど、もし何かあったら連絡するように、命が家に帰るまでに連絡を入れるか。
「みっちゃんお疲れ!」
「ああ。じゃあ、また明日」
命のぼーっとした様子をみて一人で運転させて帰らせるのは危ないと判断した俺は命の部下に家まで送り付けるように指示をして、ユキくんに連絡を入れてから、やっと自分の仕事に取り掛かった。
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