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命が怒った

家に帰ると琴音が迎えてくれたけれど、嫌な雰囲気を感じ取ったのか大人しくしている。 血で汚れた命を風呂に入らせ、その間に琴音に理由を話し、今日はここに泊まることも伝えた。 「命さんが自分を抑えられへんなんてなぁ」 「…昔もたまにあった。これが初めてじゃねえよ」 「ユキくんに会ってからは初めてなんとちゃうん?ユキくんも怖かったやろな」 「ああ。」 小さなユキくんが震えていた。 それは多分、命に嫌われたんじゃないかという恐怖からだと思う。 「命さん出てきたら、俺何したらいい?お酒あげた方がええんかな…俺あんまり命さんのこと知らんから」 「あいつは人に自分のことを話すような奴じゃねえんだ。とにかく…また自分を傷つけねえか見ておかないと…」 「…なんか、わかってたけどさ、命さんも必要以上に自分を責めてまう人なんや」 「ああ。無意識にしちまってるから、それって言えば止まるんだけどな」 そんな話をしているとリビングのドアが開き命がやって来た。髪から水滴を垂らしていたから甲斐甲斐しくも俺が髪を拭いてやって、そのままドライヤーで乾かしてやる。 「命さーんっ!」 「何」 「お酒飲む?ていうか飲もうや!俺に付き合って」 「…お前まだ未成年のくせに」 「今更やって」 命に強めの酒を持ってきた琴音はそれを渡して「カンパーイ!」と大きな声で言う。 命はグラスに口をつけて酒を一気に煽った。 「なあ命さん」 「…何だよ」 琴音が命の膝をトントンと触る。 それを見て俺は柄にもなくイラッとしてしまったけれど、何か琴音なりに考えがあるらしい。 「俺の大和取らんといて!」 「は?」 「髪乾かしてもらってるやんかー!俺やってしてほしいもん」 「頼めばしてくれるだろうがよ。」 「たまにな!たまにしてくれるけど…そんな、何回も頼むもんでもないしぃ。そもそも命さんは頼んでなかったしぃ!」 テーブルにグラスを置いた命は「面倒くせぇ」と言いその場所から離れて一人部屋の隅にぽつんと座る。 ああもう、今度はその癖か。 「命、邪魔って言ったんじゃない。それはお前もわかってるだろ」 「うるせえよ。だから外にいるって言ったんだ」 「兎に角こっちに来い。」 「嫌だ」 部屋の隅で小さくなる。 まだ浅羽組に入ってすぐの時、命は昔からの癖で自分の身を守るために部屋の隅で大人しくしている事が多くて、それをなんとか改善させたのは親父だ。 「親父にも言われただろ。そうしていてもどうにもならねえよ」 「…うるさい」 「命、手」 「……もういい」 また拳を強く握っている。 今度はそれを指摘してもやめることは無い。 琴音は自分が命をこうしてしまったと勘違いして慌てているから、「お前のせいじゃない」と言って頭を撫でておいた。 「その傷手当するぞ」 「いらねえ」 「決定事項だ」 命に近づきその手に触ると振り払われた。 命が少し震えているのがわかって、まだまだこいつの傷が癒せてないことを知る。 「命、大丈夫だ。落ち着け」 「…うるさい、落ち着いてる」 「わかった。じゃあこのままでいいから、話だけ聞いてくれ」 返事はしないから、これはいいという事だと勝手に判断し、続けて口を開く。 「お前の親父さんたちはもう居ない。何も怖がることは無い」 「……」 「お前に理由もなく手を上げる奴は、もう二度と現れない」 「…………」 「だから、こんな隅っこで怯えなくてもいい」 命の肩に手を置く。大きく震えた命はまるで昔に戻ったかのように濁った目をしている。 「トラと話してみるか」 「…いらない」 「…なら、今日はもう何もしなくていい。ゆっくりしてろ」 命の頭を撫でて、そう言えば目を伏せて座ったまま眠り出す。 「命さんって、昔何かあったん」 命が完全に眠ったのを確認した琴音は命のことについて躊躇いなく聞いてきた。 「命も虐待を受けてたって、言わなかったか?」 「…知らん」 琴音はバツが悪そうに顔を顰めてソファーに寝転んだ。

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