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命が怒った

泣いている命の背中をトントンと軽く叩く。「やめろ」と悲痛な声で言って私の手を叩き落とした姿を見て、命が浅羽に拾われてすぐの頃を思い出して少し悲しくなった。 「命、何が怖いの」 「……………」 「教えてくれないかしら。じゃないと助けてあげられない」 何を考えているのか、どこか一点を濁った瞳で見つめている。吐き気がするのか口元に手を置いて震えながら掠れた声を出した。 「俺は、また、捨てられる」 「捨てられるの?誰に?」 「…あいつらが、そう言った…あっても無くても同じだって…」 命の言葉を拾って形にしていくけれど、うまくピースが当てはまらない。 「なら、殺してくれたら、いいのに」 その命の言葉は、本当にそれを願ってるように聞こえて悲しくなる。いや、きっと今命はそれを一番望んでいるんだろう。 涙で濡れた頬に触れて、「そんな事言わないで」と言えば目を閉じて、そのまま口も閉ざした。 「命、この前私とね、お話したでしょう?」 「…………」 「その時ですら、こうはなってなかったわ。それに早河にはいつもなら気にならない言葉がって言ってた様だけど、それがその、捨てられるってこと?」 命の体が大きく震える。 誰しも捨てられるのは怖い。それを今まで一度でも経験をしているのなら尚更。 「誰に捨てられるのが怖いの?暁?それとも…ユキくん?」 「嫌だ、やだ…」 命の震える手が伸びてきて、私の首に腕を掛け引き寄せられる。抗うこと無く、命のしたいようにさせてあげると、そのまま抱きしめられて「捨てないで」とまるで小さな子供のように、喉奥から絞り出したような声で言った。 「大丈夫、私はあんたから離れない」 そう言いながら命を抱きしめ返す。背中を撫でてあげると突然命の体が重たくなった。どうやら眠りに落ちたらしい。 「…誰があんたを捨てるっていうのよ」 こんなに愛されているのに、愛情に鈍い命にはなかなかそれが届かない。 「早河」 早河の名前を呼べば、寝室らしき部屋のドアが開き、早河とユキくん、それに琴音くんも出てきた。 「命、休ませてあげて。大分参ってるわ」 「…命何て言ってた」 「…殺さなきゃって…捨てないでって」 ユキくんはその言葉を聞いて命に駆け寄り抱きしめていた。そうよね、だって私達が命から離れるなんて有り得ない。 「命、大丈夫だよ」 そんな優しいユキくんの言葉すら、今の命には響いてくれないのかもしれない。

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