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命が怒った
いつの間にか眠っていた。
目を覚ませば身体が怠くて動くのが嫌になる。
ここはどこだ?ああ、確か早河の家だ。
ゆっくり起きて、ボンヤリした頭で昨日のことを思い出した。
***
「お前、浅羽に拾われたんだろ」
「は?」
「黒沼命が本当の両親に捨てられたって話、知ってる奴は知ってるからな。」
「それが何だよ」
「次は、浅羽に捨てられるのか?…テメェも可哀想な人生だな。名前も命なんて皮肉なもんだよ、その命はあっても無くても同じなのにな」
***
思い出すと吐き気すらしてくる。
親父が俺を捨てる?…そんなこと、ある筈ないのに、もし何かヘマをしたら迷いなく捨てられるんじゃないかと、見えない恐怖に怯えるしかない。
「────命?どうした」
口を押さえる俺の元に早河がやって来て、思い切り睨みつけた。
もしかしたら、早河もいつかは俺を捨てるのかもしれない。それなら先に俺が消えた方がいいと思って。
「大丈夫か」
「…帰る」
「帰ってどうするつもりだ。今のままじゃ何も出来ねえだろ」
「帰る」
「おい、命」
腕を掴まれたけれど振り払って、寝かされていたベッドから降りる。部屋を出るとそこにはユキと八神とトラがいて、逃げるようにこの家から出ようとしたのに、それを止めたのはトラだった。
「どうしたの」
「っ、離せっ」
「何を怖がってるの。ユキくんも待ってるわよ」
「…頼むから、ちょっと一人にさせてくれ」
そう言ってお願いするとトラは手を離してくれる。
途端、自分が頼んだことなのに何故か見捨てられたような気がして、胸の奥がザワつく。
「命…?」
「っ、はぁ、ぁ…ぅ…」
「落ち着いて、大丈夫よ」
呼吸が上手くできない。
苦しくてたまらない。座り込んで必死に息を吸う俺の鼻と口を押さえ込むようにトラに抱きしめられた。
「と、ら」
「なあに」
「…辛い」
トラにしがみついて泣きじゃくる。
大の大人が恥ずかしいけれど、今は何かに縋っていたい。
「そう。なら少し休憩しましょう」
「きゅう、けい」
「ええ。私の所においで。何も恐怖に感じなくていいようにしてあげる。」
「…そしたら、楽になれんのかよ、
「きっとね」
そのまま泣いて頭がぼーっとし始めた頃、「待っててね」と言って1度トラが早河の所に行った。
逃げるなら今、けれど助けて欲しい。ずっとこの苦しみから恐怖から逃げてもいられない。
「行くわよ、命」
「………………」
トラに腕を掴まれて引っ張られ立ち上がる。
ユキの顔がリビングに続くドアの奥に見えた気がした。
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