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命が怒った
その日は命は起きてくることなく、俺もユキくんも夜になると眠った。
朝起きればユキくんはまだ眠っていて、可愛い寝顔に癒される。命の様子を見に行こうと寝室を覗けば命もまだ眠っていて、近づいても目を覚まさないことから深く眠れているようで安心する。
リビングに出て朝ご飯を作り、今は俺の家で1人でいる琴音に電話をかけた。
「──はい」
「おはよう」
「うん、おはよぉ」
少し掠れた声、まだ寝起きだったかと思い申し訳なくなっていると「命さんは?」と聞かれ「昨日帰ってきた」と返事した。
「様子はどうなん…?まだ辛そう?」
「ああ。親父からあと3日間くらいは見ててくれって言われてる。」
「そう…。俺のことは気にせんでええし、何なら俺もそっち行ってユキくんのお世話するで」
「お前は学校があるだろ。」
そんな会話をしていると寝室のドアが開いた。
ふらふらと出てきた命は俺を見ることもなく風呂に向かう。
「悪い、命が起きた」
「そっかぁ。うん、じゃあまた暇な時でも電話して」
「ああ。学校頑張ってな」
「うん。ありがとう」
電話を切って小さく息を吐く。
命は10分程度で戻ってきて、ソファーに座ってつけてもいないテレビをぼーっと眺めている。
「命、飯食うか」
「……うん」
小さく返事をしたのを拾って朝ご飯を用意する。
その間にユキくんも起きてきて、ソファーに座る命の隣に座って「おはようございます」と命に話しかけた。けれど返事が返ってこなくてユキくんは不安そうに命の顔を覗き込む。
「命?おはよう、ございます」
「…うん、おはよ」
「命、もう元気?」
「…元気」
どこがだよ、と言いたくなるけれど口には出さず、朝ご飯をテーブルに並べた。
「二人共、朝ご飯できたからこっち」
「はぁい!」
ユキくんが笑顔でこっちに向かってくるのに、命はぼーっとしたまま動かない。
仕方なくそばに寄って肩を叩き「ご飯」と言えば一度頷いて立ち上がった。
「お前仕事は…?」
「親父にお前を見ておくように言われてる。どっちにしろ休んでお前のことを見ておくつもりだったしな」
「…俺なんかのために休むなよ」
「お前だけじゃなくてユキくんも心配だからな」
命を席につかせると手を合わせて箸をとる。
ご飯を食べ終わればコーヒーを飲んで一息ついた。
「命、外に出るか?」
「なんで」
「ユキくんも暇だろうし、公園にでも行かねえかと思って」
「…うん」
それはどっちの返事なんだろう。
イェスかノーか、わからなくてしばらく観察していると服を着替えて準備をしだす。
「ユキくんもお着替えしようね」
「僕ね、ひとりで出来るよ!」
「いい子だね」
ユキくんの頭を撫でてあげる。
その様子を見ていた命が一瞬悲しそうな顔をした。何だ?と思ったけれどすぐにいつものなんでもないような表情に戻ってしまう。
その時に気付いたのは、今まではこうした状態に自分自身がなっても周りに気付かれないように仮面を被っていたんじゃないかということ。
俺達が素の命だと思っていたそいつは偽物で、本当の命はもっと苦しんで泣いていたんじゃないか。
「命、どこか辛いとこねえか?」
「…ない」
「そうか」
けれどそれを今も必死で隠そうとしている。
手を伸ばし命の腕を掴み軽く引っ張って、俺の腕の中に閉じ込める。ポンポンと背中を軽く叩いてやればそれに後押しされるように命がポロポロと涙を溢れさせた。
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