82 / 95

命が怒った

目の前にいる華さんは俺の手を握ったまま、優しく撫でる。 「疲れたの。命はいつも頑張ってるからね」 「…華さんは、俺の母さんじゃないのに、母さんより優しい」 「あら?私は貴方のお母さんよ。貴方を産んだ人が母親になれる訳じゃないわ」 華さんと話していると、心の中が穏やかになる。 息をするのが楽で、目を閉じたらそのまま深く眠れそうな気すらした。 「沢山傷付けられてきたのよね。痛かったわね」 「…俺の母さんは、父さんを止めたりしなかった」 「ええ。だから、貴方を産んだその人は、貴方の母親じゃないの」 「…華さんは、止めるの」 「当たり前よ。もし命が誰かに傷つけられたなら、私は命を傷つけたその人を私の持てる力全てを使ってでも消してあげる」 「消しちゃうの?」 「それくらいの気持ちってこと」 華さんは優しく笑って俺を引き寄せる。 その腕は俺よりずっと細くて、白くて、今にも折れそうなのに、暖かくて、強い。 「でもね、そうしようとするのは私だけじゃないわ」 「…他に誰かいるの」 「勿論。だって貴方は誰からも愛されてるんだもの」 ふんわりと優しい花の匂いが鼻腔を掠める。 華さんに抱きしめられて背中をトン、トン、って軽く叩かれると涙が溢れて出た。 「だから、そろそろ、貴方自身が貴方を愛してあげて」 「…俺が、俺を…?」 「そうよ。そうすることで貴方はもっと強くなって、輝けるの。過去になんて囚われないで新しい自分を生きることができるようになるわ」 華さんの言葉がすっと心の中に入ってきて、なるほどってこくこく頷いた。 何だか、体が軽くなった気がする。 「貴方には仲間も愛してくれる人も沢山いる。だから安心しなさい。もう誰も貴方を傷つけない」 「…うん」 「少し眠って。次起きた時、貴方はとても強くなってる筈よ」 そう言われ、ゆっくり目を閉じる。 気が付けば俺は深く深く眠っていた。

ともだちにシェアしよう!