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命が怒った

「ただいま」 家に着いてそう言うとユキが玄関まで走ってきて俺に抱きついた。この小さな体にずっと負担をかけていたと思うと申し訳なくなる。 「ユキ、ごめんな。もう何ともないから」 「ごめん…?ううん、要らないよ。」 「不安…だったんじゃねえの?」 「うん。でもね、もう大丈夫だから、いいの」 ユキを抱っこしてそのままリビングに行く。 そこには八神がいて、夕食を食べていたのか丁度キッチンで皿洗いをし終えてリビングに出てきていたところで、慌てて「ありがとう」と声をかける。 「あ、命さん。もう元気なった?」 「ああ…迷惑かけた。悪かった」 「そんなんええから、勉強教えてやぁ。あと一ヶ月もせんうちに期末やで。学校は俺を殺す気や」 あー、と唸りながらソファに倒れた八神を見て早河が溜息を吐く。 「日頃から勉強も何もしてないからだろ」 「そんなん言わんといてくれる?命さんはそんなん言わんと俺に教えてくれんで。しかもめっちゃ教え方うまいからな。」 「ああそうかよ」 「めっちゃ優しいんやから。な、命さん」 そう言ってくれるのは嬉しいけれど、なかなか頷けなくて苦笑いを返した。 *** 「命」 「ん」 早河と八神が帰る時、玄関でこっそりと早河に耳打ちされる。 「今回なお前だったけど、いつかはユキくんもそうなるかもしれない。」 「…そうだな」 八神と手を振り合い、バイバイと言うユキを見る。 「そうなったら今度は、お前がユキくんに──…」 「大丈夫。その役目はちゃんとやってみせるよ」 小さく笑った俺に、早河もつられたように笑い、「何で笑ってんの」って言う八神と不思議そうに見上げてくるユキ。 この優しい時間がずっと永遠になくならないように、ただ願った。

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