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第17話

「……でもって、翌日は二人で午前休取って、昼から仲良く同伴出勤したんだー。ふへへ」  段ボールのなかからでっかいファイルを取り出しながら、俺はにやにやと相好を崩した。 「明日休みだろ?だから今日は夜デートで、そのままお泊りしちゃったり?ふへへ」  ピカピカに磨かれた机の上に、会社から配給されたノートパソコンを置き、盗難防止のロックを掛ける。 「宣言通りに本宮さんのエッチってなんかねちっこくて意地悪で最中はアレだけどさぁ、終わってみたら何か愛されてる気がして逆に嬉しかったりして。ふへへ」  引き出しを開き、段ボールから取り出したノート数冊と筆記用具を詰め込んでいく。 「それに普段はやっぱり優しいし。なんかもう本宮さん以上にパーフェクトな人間ってこの世にはいないよな。ふへ…」 「いい加減にしろ!」  ダンっ、と叩かれた机の音に、騒がしかった周りの空気がしんと静まり、部屋中の視線が集まる。  しかし、それは一瞬で、忙しい周囲はすぐにいつも通りの騒がしさを取り戻し、何事もなかったかのように動き出す。 「なんだよ、吉田~。せっかく俺が隣に帰ってきたんだから、喜んで話聞けよ」  怒鳴られた対象である俺は、にやにやと笑いながら怒鳴った人物――吉田の背中をばしばしと叩いた。 「……帰ってこなくてよかったのに…」  うんざりと吐き出し吉田は机に突っ伏した。その態度に少しむっとしながらも、俺は段ボールの中身を取り出す作業を再開させた。  俺は、二設の吉田の隣の席に戻ってきた。  本宮さんとはしっかり想いを通じ合わせたわけで、結局一設と二設どちらに行くか再び悩んだ俺だったが、出社してみれば悩む隙などまるでなかった。二設が新規の発注を受け、人員が足りず、有無を言わさず戻れとの辞令を昨日正式に受けたのだ。相変わらず急すぎる人事異動である。おかげで怒涛の勢いで引き継ぎ作業と反省会、異動を行ったのだ。  こういったことになったので、俺はやはり二設でしっかり技を磨いた後、一設に異動希望を出そうと決めた。  デスクに突っ伏していた吉田が、ゆっくりと顔を上げた。 「お前が戻ってきたのは仕事が楽になるから正直嬉しいが、お前の話は精神衛生上よろしくない。何度言えば解るんだ、本宮、斉藤両名の話をするなって」 「だってお前以外にこんな話できないじゃん」 「はぁぁぁぁぁ…」  魂まで出てきてしまうんじゃないかというほどの大きな溜め息を落とし、吉田は恨めしそうに俺を見る。 「俺を巻き込んでくれるなよ。本宮さんにも言っといてくれ」 「本宮さんにも?」  なぜ本宮さんが出てくるのか疑問だ。吉田は本宮さんと話すほど親しいわけではないはずなのに。 「お前、自分の身は自分で守れよ。俺はお前の世話係じゃないんだ」 「どういうことだ?」  首を傾げる俺に、吉田は不本意そうに話しだした。  昨日、俺が辞令を受けて一設と二設を行ったり来たりしている間に、本宮さんが二設にやってきたらしい。 「斉藤呼びだして、何か話してた」  そこで、俺はあっと声を上げた。すっかり頭から抜け落ちてしまっていたが、斉藤の約束を一方的に反故にしてそのままだった。まさか、そのことだろうか。 「そのあと、なぜか俺を呼びだして、斉藤がお前に変なことしないように見張っておいてとか言われたんだよ。頼むよとか言ってたけど、あれ、完璧命令……いや、脅しだった。超怖ぇよ。マジあの人何考えてるかわかんねー…」  ぐしゃと歪められた吉田の顔はこの上なく不快そうだが、俺はその言葉を聞いて天にも昇る気持ちになった。脅しだとか不穏な言葉が聞こえたが、それは一生懸命頼み込んでくれたということだろう。  とにかく、本宮さんが俺のことを心配してくれてるってことだ! 「俺、超愛されてる…!」 「それは、どうでしょうね」  急に背後から降ってきた声に、俺はひくりと口を歪めた。  振り返れば、斉藤が腕組みして立っている。オートクチュールのスーツで、人を見下すような笑顔も相変わらずだ。 「んだよ。……俺の初めては本宮さんのものになったからな」  結局ズルをしてしまったようで気後れがあって、言葉はぼそぼそと弱いものになってしまった。 「初めてが欲しいとは言いましたが、別にそうじゃなくたって構いませんよ」  ふっと斉藤は鼻で笑う。うぐっと言葉に詰まった俺だが、斉藤の言葉には続きがあった。 「でもまぁ、今回は本宮さんにしっかり釘も刺されましたし、代わりのものもいただいたので、約束は果たされたってことでいいです」  その言葉にほっとする。代わりになにをもらったのか気になったが、下手に突っついて蛇を出したらたまらない。この話題はさっさと切り上げることにした。 「じゃあ、もう二度と俺に関わってこようとするなよ」  そう言って、俺は机に向き直ろうとした。吉田はと言えば、斉藤が現れた時点でさっさと仕事に戻ってしまっている。本気で俺を守る気はないようだ。 「それはそれ。俺は諦めたわけではないですよ」 「……俺と本宮さんはラブラブなんだよ。ほんとのほんとに」  軽く嫌気がしながら、俺はもう一度斉藤に向き直った。今回は強がりでも何でもなく、本当の話だ。  しかし、斉藤はひるむ様子もまるでなく、口を開く。 「別に構いませんよ。それに、あなた方の関係なんて、もって半年でしょうね。本宮さんの今までの女性遍歴からして」 「へ?」  斉藤の言葉は、「もって」までしか聞こえなかった。それは後ろから俺の両耳を塞ぐ手があったからだ。  手をひっつけたまま振り返ると、そこに立っていたのは。 「本宮さん!」  目が合うと、本宮さんはにこりと笑って、俺の耳を覆っていた手をぱっと除けた。 「あと少しでお昼だから、一緒しようと思って」  机の隅に置いた小さな時計を見れば、あと一分で昼休みだった。わざわざ二設まで誘いに来てくれるだなんて! 「……侮れない人だな、ホントに…今日は退散しておきます」  斉藤は舌打ちをすると、映画俳優のように肩をすくめて立ち去っていった。すごい、本宮さん効果すごい。居るだけで斉藤を追い払えるなんて。  ちらっと見えた吉田も、何故か苦虫をかみつぶしたような表情になっていたが。  丁度その時、休みを知らせるベルが鳴った。 「行こうか」 「はい~」  俺は頭に花を咲かせ、るんるんと本宮さんの後をついていく。 「あ、今夜だけどさ」 「はい!」 「輝が打ち上げ兼ハルちゃんの追い出し会しようって言いだしたんだけど」 「え…」  そんな、今夜はデートの予定を入れていたのに。宝島の好意なのだろうが、憎らしくてしょうがない。  まあ、いいか。せっかくの週末だが、来週もあるし…と心で涙を飲んでいると、俺があまりにも情けない顔をしてしまっていたのだろうか。本宮さんはふっと笑いながら言葉を継いだ。 「断っておいたから。別の日にしてって」 「え?」 「今日がよかった?」  首を傾げて窺ってくる本宮さんに、俺は慌てて首を振った。嬉しさに顔がにやけ、頬に血が上る。 「そんなあからさまに喜ばれたら、輝に申し訳ないなぁ。ま、俺は嬉しいけど?」 「え、そんな…」  そんなに解りやすかっただろうか。俺は自分の顔をごしごしと両手で擦った。  いや、でも、俺が喜ぶのが嬉しいって、本宮さんも言ってくれていることだし。  本宮さんの気持ちは解りにくいが、一度好きだと言ってもらえたのだ。ならば俺は自信をもって、本宮さんの優しさに全身全霊で喜んで、本宮さんのことが大好きだって訴え続けてやる。 「すごく、すごく、幸せです」  俺は、はにかみながらも、精一杯の笑顔を浮かべた。  微笑み返してくれた本宮さんの笑顔は、すごく綺麗だった。 END

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