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第5話
砂浜での別れ際、大城におすすめの店を聞いておいたお陰で迷わずにバーに辿り着けた。
午後六時。
飲むには少々早い時間だが、行きたいところもやりたい事もないので、酒でも飲んで寝てしまおうとやって来た。
重厚な扉を開くと、薄暗い店内は時間の所為か客は一人もいない。
落ち着いて飲めそうだと、店内に入ると女性のバーテンダーが出迎えてくれた。
好きな席に座っていいと言われたが、一人でテーブル席を使うのは申し訳ないとカウンター席に着いた。
二時間フリードリンクを頼み、スモークサーモンをあてにカクテルを飲む。
バーテンダーと話す事もなく、ぼんやりと飲んでいるとグラスは直ぐに空になった。
二杯目に口を付けたころ、一組のカップルが入って来た。
グラスを半分開ける頃に三人連れと四人連れの客が入り、静かだった店内は一気に騒がしくなった。
そんな店内の空気を無視するように一人静かに飲んでいると、声が掛けられた。
「隣、座ってもいいか?」
こちらの返事を待たずに男は席に着いた。
カウンター席はほぼ空いているのに、何故態々俺の隣に座るのだと、横目で男を見れば知った顔がそこにあった。
「大城さん?」
昼間とは違い黒のTシャツにジーパン姿だ。
「態々着替えて来たんだ?」
「あれは店のユニフォームみたいなもんだからな」
格好もそうだが……。
「しゃべり方……」
「勤務時間外だ。接客口調でしゃべらなくても構わんだろ?」
「うん。いい。こっちの方が大城さんぽい」
「俺っぽいってなんだよ」
「だって、顔と服装としゃべり方がちぐはぐで、気持ち悪かったし」
酒のせいで緩んだ口からつい本音を漏らす。
「人の努力を気持ち悪いって言うな」
嫌そうに顔を顰める姿がおかしくて、つい笑ってしまった。
「そっちこそ口調と態度が昼間と大違いだろ」
「酔っ払いに口調とか態度を求めても意味ないよ」
「確かに」
「でしょ?」
あははっと笑いながら大城の背中を叩く。
「それで、大城さんがこの店に来たのは偶然?」
「俺が教えた店だ。俺が現れても不思議はないだろう」
それもそうか。
「だが、お前がいると思って来た」
「何々。それって、俺の事狙っているの?」
冗談半分に訊くと、大城は真面目なまま答えた。
「お前の事を狙ってはいないが、心配してはいる」
心配? 今日初めて会った俺の事を?
「一人で旅行に来る客は少なくないが、そういう奴はマリンスポーツだったり、現地の食べ物目当てだったりと目的がハッキリしている」
まあ、目的もなく旅行に出かける人間は稀だろう。
「空港でお前を見た時に、旅行を楽しみに来たようには見えなかった」
確かに、旅行を楽しみに来た訳じゃないからな……。
「何て言うか……」
大城は言い辛そうに口ごもるが、先を促すように見詰める。
「死に場所を探しに来たように見えたんだ」
思いがけない言葉につい噴き出す。
「死に場所~~! ないない。探しに来てないよ」
カラカラと笑い飛ばすと、大城は張りつめていた緊張を緩めた。
ああ。そうか。
浜辺での質問はそういう意図があったのかと、腑に落ちた。
見ず知らずの人間に緊張を強いるほど、俺は切羽詰まった顔をしていたのかと反省する。
心配させてしまったお詫びに、ここへ来た目的を話す。
「俺ね。自殺しに来た訳じゃないよ。旅行を楽しみに来た訳でもないけど」
「それじゃ何のために……」
「逃げて来た」
「借金取りからか?」
「まさか。そんなだらしない生き方はしてないよ」
「なら……」
「恋人から逃げて来たんだ」
「恋人?」
「もうさ。修復不可能過ぎてどうしていいか分からなくなって、逃げて来た」
難しい顔で押し黙る大城の背中をバンバンと叩く。
「もう。暗くならないでよ~」
「…北じゃないのか?」
「へっ?」
「普通、逃亡者は北へ向かうもんじゃないのか?」
「難しい顔して何それ~。でも、ドラマとかで言うよね。逃亡者は北へ向かうって。だから裏をかく意味も込めて南に来たみたいな?」
裏をかくって誰のだよ!
どうせ勝司は探しもしないよ。
アルコールでクラクラする頭で、自分自身に突っ込みながら笑う。
「お前飲み過ぎじゃないか?」
そうかな?
いや、そうかも。
だって俺、さっきからずっと笑っているし。
笑うのって何時振りだろう?
何か、楽しいな。
更に楽しくなろうとグラスを持ち上げるが、大きな手がそれを止めた。
「もう、止めておけ」
笑う事を咎められたような気持になり、胸が詰まる。
「何で?」
声が震える。
「俺、心配しただけなのに……何がダメだったんだよ!」
ずっと押さえつけていた感情が、涙と共に零れた。
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