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第6話

変なスイッチが入ってしまったと察した大城は会計を済ませると、俺を抱えるようにして店を出た。 「俺の家の方が近いから、うちに行くぞ」 道すがら泣きじゃくる俺の肩を抱き「もう直ぐ着く」「頑張れ」そう言って励まし続けた。 古びた一軒家に辿り着くと、玄関で崩れ落ち、暫くそこから動けなくなった。 言葉にならない感情を吐き出すように、呻きながら泣き続ける。 どれくらいそうしていたのか、涙が枯れ感情の高ぶりも落ち着き、玄関から立ち上がるとペットボトルの水が差しだされた。 「水分補給しておけ」 素直に水を貰い、ペットボトル一本飲み干す頃には大分冷静さを取り戻した。 自分の痴態を思い起こし、顔を上げる事も出来ない。 「あの、大城さん。ご迷惑掛けてすみません。正気に戻ったので帰ります」 そのまま踵を返す俺の腕を大城は引き留めた。 「酔っ払いが、ふらふらと外を出歩くな」 「酔いは大分醒めたので、大丈夫です」 「いいから、今日はうちに泊まっていけ」 力強い腕に強引に家に上がらされた。 「布団引いてやるから、もう寝ろ」 「いえ、そんな…布団とかいいです。雑魚寝でいいんで……」 「俺が嫌なんだよ」 そう言って大城は押し入れから布団を取り出し引き始めた。 「眠くなくても横になれ。話なら布団の中で聞いてやるから」 大城に借りた甚兵衛に着替えると、言われた通り布団に横になる。 大城は座椅子に腰を掛け煙草を吹かした。 話を聞くと言われたが、今日初めて会った人間にこれ以上甘える訳にはいかないと口を閉ざすが、俺の気持ちを知ってか知らずか「遠慮なんて今更だぞ」と笑った。 「つーか、散々泣かれて理由を教えて貰えない方が気持ち悪いからな」 確かに、何も説明を受けない方が辛いかもしれない。 「あの、俺……ずっと付き合って来た恋人がいて」 掠れた声でぼそぼそと話し出す。 「そいつが会社務め始めるまでは俺達は対等だったし、凄く仲良かったんだけど、会社務めしている人間からしたらフリーターって緩く生きている感じがしてムカついたんだろうな」 その時の事を思い出すと、感情が高ぶって声が震える。 「社会に出た事もないくせにって殴られて……俺はただ心配で…嘔吐を繰り返していたし、病気かもしれないから、休んで病院に行こうって…い、言っただけ…なのに……」 声が上ずって上手く話せない。 「つ、次の日に殴ってごめんて謝ってくれたし、たまたま虫の居所が悪かったのかもってその時は流したけど、暫くするとまた、な…殴られて……。俺、昔やんちゃしていたから殴られるの慣れてるし、仕事落ち着いたら元に戻るかもって耐えてたんだけど、全然よくならなくって……それどころかどんどん酷くなっていっちゃって……」 身体の痛みよりも、涙を血を流している俺を見て平気でいる姿に絶望して。 「このままじゃ死ぬって……身体じゃなくて心が死ぬって思って、に、逃げて……」 最後は言葉にならなかった。 再び溢れ出た涙を拭っていると暖かい手が頭を撫でた。 「よく逃げて来たな」 「でも、俺ちゃんと別れ話してなくて……」 「面倒な事は後ででいいんだ。現状から逃げる事が大切なんだ」 紙切れ一枚で別れを告げた恋人への後悔が、大城の言葉でほんの少し楽になった気がした。

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