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第9話

六日目。 釣りに行こうと大城が迎えにやって来た。 特に予定がない俺は身支度を整えると、大城の車に乗り込んだ。 硬いシートで揺られる事十五分。着いたのは前回とは違う場所だった。 「滅多に人が来ない場所だ。ゆっくり出来るぞ」 車から道具を運び出す大城に続いて荷物を運びだし、以前教えて貰った手順で準備して行く。 慣れない作業でもたつきはしたが、餌を付けてもらい海に糸を放てばやる事は何もなくなり、後は海を眺めながら談笑するだけだ。 「お前どうするつもりだ?」 「何が?」 「旅行もそろそろ終わりだろ? 実家にでも帰るのか?」 「実家は勝司…元恋人との遭遇率高いから帰れないよ」 「じゃあ、どうするんだ?」 「う~ん。正直そこまで考えてなかった」 勝司の元から離れる。その一心だったからな。 「住み込みの仕事なんか幾らでもあるし。何とかするよ。それよりさぁ、ここって何が釣れるの?」 「うちに来るか?」 「え?」 「うちなら家賃タダだし、仕事先も世話してやれるぞ」 「いや、その……」 有難い申し出だが、そこまで甘えていいのだろうか? 答えあぐねいていると、近くで車が止まる音がした。 滅多に人が来ない場所だと聞いていただけに、近付く人の気配が気になりそちらへ意識を向けていると思いもよらない人間が現れた。 「見つけたぞ、涼太!」 何で勝司がここに……。 怒り狂う勝司の後ろからもう一人現れる。 「お~。大城。やっぱりここか」 大城さんの知人なのか、中年男性は手を振りながらにこやかに近付いて来る。 「こっちの人ぉ。お前んところの客ぅ探してる聞いてぇ、案内してきたんよ」 突如現れた男が誰なのか察した大城は俺を背に庇うように立ちはだかった。 「涼太。誰だコイツ?」 質問に答えたのは大城だった。 「友人だよ」 睨み合う二人のただならぬ雰囲気に、不味い人間を連れてきてしまったと漸く気付いた中年男性は目を白黒させている。 大城が追い払うように手を振ると、男は何度も頭を下げて来た道を戻って行った。 「もう、新しい男を垂らし込んだのか?」 嘲りの言葉に目頭が熱くなる。 「どんだけ淫乱なんだよ。てめぇ」 ここ数日、大城と過ごし感情が正常に戻った所為か、これまで聞き流せていた言葉が聞き流せない。 「何でもいい。帰るぞ」 自分には絶対に逆らわない。 そんな勝司の態度が、我慢ならない。 大城を背から一歩踏み出し、勝司へと近付く。 「グズグズするなよ!」 「勝司……」 「あ?」 「歯ぁ、食いしばれ!」 忠告とほぼ同時にボディブローを叩き込む。 不意打ちを食らった勝司はその場に崩れた。 「てめぇ…涼太ぁ!」 「勘違いしているみたいだけど、俺はお前を殴れないんじゃなくて、殴らないでいてやったんだよ」 「何言って……」 「顔腫らせて会社行ったらお前が困るだろうて、思ってな」 「そんなの当たり前だろうが」 「当り前の事だけど、お前は平気で俺の事を殴るんだよな?」 「それはお前が俺をイラつかせたから……」 「顔を腫らして行った所為で何度もバイトクビになったよ」 「別にバイトくらい……」 「社会的責任がないからいいて? 月十五万のバイトなんかどうでもいいって? ふざけるなよ!」 思いっきり左頬を張り倒し。 「人が一生懸命に築き上げたものを簡単に壊しやがって!」 反対の頬を張り倒す。 「俺はなぁ、お前の暴力が怖くて逃げたんじゃねーよ。いい加減お前の事、刺しちまいそうだから逃げたんだよ!」 頭を鷲掴み、乱暴にこちらを向かせる。 「サンドバックやってたのもオナホ扱いされて我慢していたのも、お前が元に戻るって信じていたからだよ。けどお前、クソになっていくばかりじゃねーか!」 怒りでギラついた目で睨むのを戒めるように、頭を掴む手に力を込める。 「まだ、俺に帰って来いって言う? 帰ってもいいけど、今度はやられた分やり返すよ? ただでさえ辛い会社務めがより大変になるけど大丈夫?」 勝司は忌々しそうに睨み。 「お前なんか、要らねーよ。クソが!」 そう吐き捨てた。 頭を放してやると、まだ痛む腹を抱えて勝司は踵を返した。 「勝司」 振り返らない背に向かい。 「支えてやれなくて、ごめんな」 最後の謝罪をした。

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