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第10話

◆◆◆◆ 早朝、椿屋は伊佐坂のマンションの前に居た。 出勤前に朝ご飯と頼まれた弁当を届けにきたのだ。 彼の呟きを見てろくな物を食べていないと心配だったし……うん、病気になられたら困る。 原稿落とす事になるじゃんか!! そう、心に言い聞かせてここまで来た。 実際はあのキラキラした瞳を見たいというのが本音。 でも、チャイムを押しても反応がないのだ。 寝てる? 確かに7時だもんなあ。……あの先生、いつ寝てるんだろ? 電話してみるか……とポケットからスマホを出したタイミングでマンションの入口のドアが開いた。 「つつつ、椿屋さんんん!!!」 悲鳴に近いハルカの声。 「ハルカちゃんおはよう」 『やばい!!やばい!!朝から爽やかあ』 ハルカの元気な心の声が聞こえる。 「おお、おはようございます」 ハルカは深々頭を下げる。 「丁度良かった、伊佐坂先生の部屋に行きたいんだ」 その言葉でハルカの顔が赤くなった。 『キャーキャー!!朝から!嘘ーもう、ばりやばいやん!テンションあがるやん!!』 声には出していないが心の声とハルカの期待したようなキラキラした瞳で昨日、伊佐坂とセックスしていると思われていた事を思い出した。 「あのハルカちゃん、昨日の事」 「内緒なんですよね?会社には!もちろん内緒にします、誰にも言わないんで安心して下さい」 興奮気味なハルカは早口でそう言う。 「あ、ありがとうハルカちゃん」 「ダンちゃんとの恋、全力で応援しますからね!」 拳を握り満面の笑みのハルカ。 違う!!違うんだあ!応援されても困る! そう叫びたい。 「あ、この鍵、ダンちゃんの部屋の鍵なんですよ!私、仕事行く前にダンちゃんのご飯とか持って行ってるんですけどね、椿屋さんダンちゃん起こしてあげてください!やっぱ、恋人に起こして貰った方が嬉しいでしょうし」 ハルカはポケットから鍵を出して椿屋に渡す。 「いや、あの恋人とかじゃ」 「照れなくていいですよおおお!!」 『あああ!!やだもう興奮してしまううう』 心の声も一緒に聞こえ、テンションが高いハルカに今、何を言っても無駄だと椿屋は諦めた。 「ありがとう……」 「私、コンビニ行ってきまーす」 『邪魔者は消えないと』 ハルカは椿屋を手を振り元気良くコンビニに向かった。 …………つ、疲れた。 椿屋はハルカのテンションの高さに疲れが出た。 元々、落ち着きがない子だけど、今日は更に凄かった。 まあ、昨日……セックスしていると思ったからなんだろうけども。 ああ!!誤解なのになあ。 解きたいけれど無理だろうと思う。 ため息を吐きながら椿屋は伊佐坂の部屋へ行く。 ◆◆◆◆ 合鍵を使い、中に入る。 作ってきた朝ごはんと弁当をテーブルに置き、寝室で寝ているであろう伊佐坂の元へ。 寝室のドアを開けて中へ入る。 ダブルベッドの端っこにシーツに包まりスヤスヤ眠る伊佐坂の姿が直ぐに視界に入ってきた。 か、可愛い……。 まさに天使の寝顔。 昨日、セックスしたいと叫んでいたのが信じられない。 つい、手を伸ばして柔らかい髪を撫でた。 「ん……」 反応するように声を出す伊佐坂。 でも、起きない。 頭を撫でていた手を肩へとスルリと落とし、彼の細い肩を掴む。 「伊佐坂先生……起きてください。朝ですよ」 耳元で囁く。 「んん、」 伊佐坂は薄らと瞳を開けた。 ぼんやりとした顔で椿屋を見る。 寝惚けたような彼が凄く可愛い。 伊佐坂は両手を伸ばして椿屋の首筋に手を回す。 んん?起きた? 朝から盛るのかやっぱり……と思う椿屋。 「起きて下さい、朝ごはんありますよ」 「んー、眠い」 「キャラ弁要らないんですか?」 その言葉にピクリと反応した伊佐坂は「食べるから抱っこして風呂場連れていけ」と命令形。 「テーブルじゃなく?」 「風呂入らないと頭が起きない」 くっついたままに答える。 「自分で歩いて下さいよ」 「やだ!めんどくさい」 「まためんどくさいですか?良くそれで今まで生きて来れましたね?」 「いいから連れていけ」 もうう!! きっと、言い出したら聞かない。昨日、思い知らされたから。 仕方ないと椿屋は伊佐坂の身体に両手を回して抱き上げた。 軽い…… 本当に子供を抱いてるようだ。 「風呂、どっち?」 「んー、出たら左」 言われた通りに行き、風呂場へと着いた。 「はい!着いたから降りて下さい」 「やだあ、お風呂入れて」 「はい?自分で入って下さいよ」 「服脱がせて、脱ぐのめんどくさい」 伊佐坂は椿屋の首筋に両手を回してくっ付いたまま離れない。 「まためんどくさいですか?」 風呂入れるのも服を脱がすのも彼を降ろさないと何も出来ない。 「じゃあ、脱がせるから降りて下さい」 そう言うと素直に降りた。 そして、服を脱がせにかかり、手を止める。 し、しまった!!また、コイツに乗せられてしまった! 昨日あれだけセックスしようとあの手この手で迫られた事を忘れていた。油断ならぬ!! 「自分で脱いで……」 下さいと続けようとすると椿屋の方へ倒れ込んで来た。 「ちょっと!」 咄嗟に抱きとめると、伊佐坂は椿屋の腕の中でウトウト……。 マジで? 朝、弱いのかな? 「先生、ほら、お風呂」 「ん……」 伊佐坂はまた椿屋に抱き着いてきた。 盛っているのかと思ったが昨日と違って大人しいし、寝息が聞こえてきた。 マジで? 「ほら、起きて!!」 身体を揺すっても完全に寝てしまった模様。 ええ?マジでええ? 椿屋はため息をつくと彼を抱きかかえてソファーへ連れて来た。 そこへ寝かせると、朝ごはんを温め直し始める。 ◆◆◆◆ 凄く良い匂いに気付いた。 甘くて美味しそうな。 まるで、昨日の椿屋のような…… 伊佐坂は匂いに釣られて目を開けた。 そこはいつも寝ている寝室ではなく、リビング。 あれ?いつの間に? ベッドで寝ていたのになあ……と起き上がる。 起き上がると「あ、起きました?」と椿屋の声。 「朝食出来てますよ?」 その言葉通りに甘くて美味しそうな匂いが本物の食べ物の匂いだとようやく気付いた。 「お前、いつ来たんだよ?鍵は?」 完全に目が覚めたような言葉に寝室でのやり取りは寝惚けていたのかと分かる。 「下でハルカちゃんに会いましたから」 「宙か」 椿屋はハルカから借りた鍵を伊佐坂が座っているソファーの前のテーブルに置く。 「その鍵、お前にやるよ」 「はい?」 「明日からお前が俺を起こしに来いよ」 「えっ?何でですか?」 「担当だから」 担当だからという言葉が椿屋には奴隷だからと聞こえた気がした。

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