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優大を追いかける様にドアまで来たけれど、そのドアに手が伸びない。
仕方なくテーブルの椅子に腰掛ける。
雑誌を開いて眺めても、文字は頭に入らない。
入らないけれど他に何をしていいのか分からなくて。
‥‥拒否、された。
優大が、俺を、拒否した。
俺、何かやらかしたかな。
‥‥駄目だ、頭が真っ白で何も浮かばない。
と、ドアの開く音。
「お待たせ。ん?直希?どうした?」
頬を支えられて顔を導かれる。
ハーフパンツに上半身裸でバスタオルを肩に乗せた、優大。
「呆ける程俺を待っててくれたんだ。ありがとうな。」
優大が身を屈める。
キス。
優大の舌が俺の唇をなぞるけれど‥‥応える力が出てこない。
「直希‥‥。飯、食おうか。」
優大が笑う。判る、無理して笑ってる。
優大はいつもそうする。
先ず俺の機嫌をとることを優先する。
そして俺の機嫌が落ち着いたところで話し合いをしようとする。
‥‥冷たいな。
ふと思う。冷たい人だな。
オカシイな、俺。
優大の優しさを誰よりも知ってる筈なのに。
バスタオルをベッドに投げた優大が、キッチンの奥で何か探してる。
「この前さ、レトルトカレーの話、してただろ?覚えてる?」
「ん‥‥」
「これ!買っておいたんだ、長石養豚場のカレー!ブランド豚だぞ?」
黒い箱を二つ振ってみせた笑顔の優大が、湯を沸かし始める。
冷凍庫から白飯を取り出しレンジにかけている。
「結構辛いらしい。エアコン、強くするな。」
エアコンの設定を変えて。
返す足で雑誌を片付けて。
ほら、こんなに優しい‥‥
‥‥なんだろう、泣きそうだ。
目の前に並ぶ、カレーライスとアイスティ。
いただきますと手を合わせた優大が、俺の手にもスプーンを持たせる。
優大が俺をじっと見てるから、スプーンを口に運ぶ。
「美味い?」
「‥‥分からない。」
「‥‥」
「分かんないよ!」
スプーンをテーブルに叩きつける。
優大が大きく息をついて‥‥椅子から立ち上がる。
俺の横に来て、俺を立ち上がらせて。
そして、俺をぎゅっと抱き締める。
「ごめんな。分かんないよな。俺も、よく分かってない。ただ‥‥」
優大の指に力が入る。
「あのまんま直希に触れるのは、穢れてていけない気がしたんだ、どうしようもなく。」
「定時で仕事終わらせて帰ろうとしたらさ、出口にある自販機のところで声かけられたんだ。」
「定時で、上がってくれてたんだ‥‥」
「当たり前だろ。そうそう、うちんとこの自販機、カップのだけど結構美味い。」
「‥‥いいね。」
「いつか、な。‥‥で、声かけてきた奴、滅多に話しない同期の柳沢って奴でさ。」
「うん。」
「その柳沢の後ろから、女が出てきたんだよ。」
「女?」
「柳沢に俺を捕まえさせたくて、二人でコーヒー飲みながら待ち伏せしてたらしい。」
「‥‥へえ。」
「んな顔するなよ。直希の予想通りだ。俺と付き合いたいんだってさ。」
「‥‥」
「断ったよ。恋人がいるってはっきりと。でも、その女、引かなくて‥‥」
「‥‥優大狙ってる女なんて山程いるもんな。」
「おいおい、直希が言う程にはモテないよ。俺がモテたいのは、直希にだけ。」
「ふふっ‥‥」
「お、笑った。」
優大の顔が近付いてくる。
目を閉じれば優大からのキス。何度も唇で唇をなぞられて。俺の唇も優大の唇を追って。
唇と唇が離れる瞬間、大きな息がこぼれる。
ゆっくり目を開けたら、静かに伸びて頭を撫でてくれる、優大の手。
「その女、一度だけでいい、一緒に食事をしてくれ、って、凄い執拗かった。」
「‥‥」
「だろ、気分悪いよな。俺もひたすら断り続けてさ。」
「‥‥うん。」
「その女が言うんだよ、どんな女性なんですか、って。」
「うん。」
「だから言ったよ。俺の恋人は女じゃなくて男だ、って。」
「え、」
「そしたら柳沢が、彼女の気持ちを馬鹿にしてんのかって興奮し始めて。」
「‥‥」
「俺、自慢したんだ。俺の恋人は、いつも何かにワクワクしててキラキラしてる、素敵な人だ。」
「‥‥優大‥‥」
「柳沢の興奮が移ったのかな、いや元から興奮してたのか、その女‥‥」
「?」
「俺にコーヒーぶっかけやがった。」
「!」
「半泣きの女は柳沢が肩抱いてどっかに連れてったよ。」
「‥‥」
「ま、あの感じじゃ、柳沢が女に片思いしてて我儘きいたってとこだろうな。」
‥‥どこだろう。
指の背で優大の胸から腹をさする。
「火傷、しなかった?」
「ん。コーヒーは熱くなかった。大丈夫だよ。‥‥なんで直希が泣きそうになってるの。」
「だって‥‥」
「俺さ、俺な、‥‥‥‥マーキングされた、って思った。」
「‥‥」
「マーキングされた、って、頭ん中、怒りで真っ白になった。」
「優大‥‥」
「シャツ替えて会社出たけど、気持ち悪くてさ、」
「うん‥‥」
「コンビニ寄ってウェットシート買って、コンビニのトイレで嫌って程体拭いて。」
「うん‥‥」
「直希にどんな顔して会えばいいか、凄く悩んだ。」
「うん‥‥」
「直希に会うの、凄く、怖かった‥‥」
「優大‥‥」
優大にあらためて抱き締められる。
強く、強く。
耳の横で声がする。
「こんなじゃ直希に会えないって思いながら、直希の事、無性に抱きたかった。」
「優大、」
「風呂で体洗いながら、直希の事だけ考えてた。」
「うん、」
「直希。抱きたい。」
「うん。‥‥そうだ、カレー。」
「ん?」
「優大が買ってきてくれたカレー、冷めてる。」
「‥‥腹、減ってる?」
「そんなにじゃないけど‥‥、せっかく買ってきてくれたのに、」
「カレー、明日の朝でもいい?‥‥直希を感じたい。」
「‥‥‥‥うん。行こう。ベッド。」
「直希‥‥」
「優大。俺も優大と抱き合いたい。」
優大の肩の向こうのカーテン。
あの隙間は、優大の俺を思って苦しかった気持ち。
照明を映し込んで網戸で白いガラスの向こうは、いつの間にか闇に落ちてる。
鏡になったガラスには、俺と優大が重なって映っている‥‥
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