6 / 8

第6話

 頭を冷やそうと思ったけど、外は夜でも気温はさほど下がってなくてじとっとした暑さと湿気が纏わりついた。失敗だったなと思いながらマンションのエントランスを出た所で、ふと三芳が立ち止まる。  その視線の先には見慣れないスーツの男がいて、その男は三芳を見つけると駆け寄って来た。 「祐也(ゆうや)!」  その男の姿を見た途端、三芳の表情が険しくなった。そして無視するように歩いて行くと男は三芳の腕を掴む。 「待ってくれ! この間は妻が悪かった。ずっと話したいと思ってたんだ」 「話す事なんてないよ」 「妻が殴ったから怒っているんだろう? やり直したい」  妻? 殴った? 何のことだろう?  三芳は心底鬱陶しそうに腕を振り払うと、そのまま俺を連れて歩き始める。 「……三芳?」  すると男は俺の手を掴み、体ごと引き寄せた。 「君は新しい祐也の相手?」 「え?」 「新しい男が出来たから俺は用済みって事?」 「こいつは関係ないから離せ」 「君ノンケっぽいよね」  するとその男は何か勘付いたかの様に眉をひそめると俺の腕を強く掴んだ。 「痛っ……」 「君、テクノ好き? あと、あの変な戦記物の漫画」  さっきまで三芳の家で読んでいたものだから頷けば男は溜息をついた。すると三芳がその手を振り払い足早に立ち去ろうとする。  すると後ろから声がした。 「叶いもしないのにその子の好きな物ばっかり集めて祐也も健気だよね」  途端に三芳の目の色が変わる。それでも男は怯まなかった。 「だってそうだろ? 好みじゃない漫画に好みじゃない音楽、集めてどうなるの?」 (え? それって……)  それを聞いてはっとしたのと同時に、三芳の怒声が響きびくっと体が震えた。 「帰れ! そうじゃないと今度は俺がお前を殴るぞ」  一瞬にして張り詰めた空気が流れ、三芳は俺の腕を引き足早にその場を後にした。  暫くそのまま無言で歩くと三芳が俺の腕を離す。そして、ごめんと一言謝った。  でも頭の中で色んな事実を処理しきれず黙っていると、三芳は小さく息を吐く。 「悪いけど笠松も帰って……あと、もう来るな」 「え?」 「察してくれ。俺はちょっと夢を見過ぎた」 「どういう意味?」 「ちょっとだけ夢を見た。もしかしたら笠松が俺の事好きになってくれるんじゃないかって夢。ずっと見てたから。喋ってみてお前の優しさに触れて、更に好きになった」 「お、俺……」  でも三芳はかぶりを振る。 「ごめんな」  三芳は今にも泣きそうなくらい悲しそうな顔をしていて、俺の胸は張り裂けそうだった。でも、どう伝えればいいのかわからなくて、この胸の真ん中にある気持ちをどう表現していいのかわからず混乱したまま口籠ると、三芳は俺に背を向け歩いて行った。  待ってくれと声を上げる事もできず、俺は塀にもたれながらずるずると座り込み見送るしか出来なくて。  俺はただ三芳に元気になって欲しかった。笑って欲しかった。そして心のどこかでまた眠る為に他の人と一緒にいて欲しくないとも思ったんだ。  あ……。そうか、これが。  もう三芳の背中は見えない。  今頃、気付いたって遅いじゃん。 「……そっか、俺好きなんだ。三芳の事」  暫く俺はここから動く事が出来なかった。

ともだちにシェアしよう!