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鳴カセテミセヨウ

「ふうん、面白い。お前のことよく知らないけど、別に嫌いじゃないし。夏の思い出のひとつだと思えば、男同士の火遊びも楽しそうじゃない?  オレ、今まで告られて断ったことないんだよね。  このオレを誘ったんだ、お前の本気を見せてもらおうじゃないか。そうだな、勉強漬けの合宿で娯楽も無いし、今夜は無風の熱帯夜でイライラするから、あの風鈴でも鳴らしてよ。マジックでもトリックでも神頼みでもしてさ、いい音鳴らしてみせてよ。それが付き合う条件。  …オレのこと、堕としてみろよ」  眼鏡の内側に意地の悪い好奇心をくゆらせ、値踏みするように目の前の男を眺めた。 「えーっ!この無風状態のなか、あの風鈴を鳴らせっていうの? 凄いこと言うな、アンタ」  町医者の息子だという男は、おもむろに軒先に水を撒き始めた。 「打ち水って知ってる? 地球温暖化対策で見直されてる、日本に昔からある酷暑対策だよね。 気化熱を奪って涼しくすると思われてるけど、それはドライミストの話。  打ち水の本当の効果はね、撒いた水が気化する際に僅かながら上昇気流を生んで、その周囲の空気を渦状に引き上げるウェイパーアクションにあるんだよ。水と撒いたエリアの周りに風を生むってワケ。」  強引にでも風を起こして、鳴らせてみせるぞー!と、ひと通り水撒きをすると、 「見ていても仕方ないから、耳だけ風鈴に向けておいて本でも読む?」 と言って、カバンから分厚い英語の束を差し出した。広げられたページの挿絵は、過激な性行為の白黒イラストが大写しになっている。 「エロ本? どうやって持ち込んだんだよ、娯楽本の持ち込みなんか無理だろ?」 「これ? アメリカの某大学の医学論文だよ。まあ読んで見なよ。君が知ってる話ばかりじゃ無いはずだ。」  挿絵は過激だが、確かに文面は学術論文のようだ。どうにも拭えない違和感は、絡まる二人がどう見ても男性同士だからか。  さっき撒いた水のせいか、湿度がドッと上がった気がする。動かないはずの風鈴の短冊が、僅かながらに揺れ始めた。 「これ、本当に気持ちいいの?」  上がった湿度に熱気が加わった。隣に座って解説していた筈の男が、いつのまにかオレの背後からと耳元で囁いた。 「気になるなら試してみる?」 「だって出口だろ?」 「入口だよ。新しい世界へようこそ」  打ち水ごときで簡単に揺らいだのは、オレだった。 [鳴かせてみせよう編 おしまい]

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