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第2話

大学に入学して初めての夏季休暇に入り、リュウは意気揚々と一輝の元へと向かった。 時計は午前10時を指しているが、当たり前のように夜だった。 道すがらスマホでニュースを見ると、視界が悪いせいで農業・建設業を中心に生産性が落ちている事、連続殺人犯が近くに潜伏している事、鬱病患者数の上昇とガリレオの夜との関係などが表示された。 景気の悪い知らせばかり……そういえば今日でガリレオの夜が始まって1年だ。 2020年、リュウが高校3年生の頃、太陽が消えた。 実際に消えたわけではなく『人類の目にだけ映らなくなった』というのが正しい。 地球は相変わらず太陽の周りを公転しているし、太陽の熱は夏を連れてくる。 植物は光合成を行い、犬や猫など人間以外の動物達は空を見上げて羞明の反応を示す。 成層圏外で反射した光は視認できるので月は輝くが、太陽から直接成層圏に入射した光は見えない不可解な現象。 まるで地球が人類に目隠しをしているようだった。 たどり着いた雑居ビルの1階には『SUNRISE』という名の花屋が入っている。 店内は太陽を模した照明が煌々と輝き、BGMには世界平和を願う名曲が流れていた。 陰鬱とした常闇の中で朝日のように煌めく花屋に、引き寄せられるように客が入っていき、その中心には店主である一輝が居る。 売れ筋は屋上で栽培しているヒマワリだ。 「まあ素敵、夏の日差しを思い出すわ。ありがとう一輝さん、また来るわね」 「礼子さん、いつもありがとうございます。またお越しください」 黄色のストールを巻いた常連客の婦人が、ヒマワリを受け取り去っていく。 一輝はそれを近所で評判になるほどの爽やかな笑顔で見送った。 「あ、リュウいらっしゃい。上、鍵開いてるから……ちゃんと水分とれよ」 「わかってる」 一輝の言葉に素っ気無く返し、奥の階段を上がっていく。 2階の空きテナントから物音がしたが「またネズミかな」と通り過ぎる。 3階も、4階の居住スペースも過ぎて屋上に出ると、暗闇の中で咲くたくさんのヒマワリが視界に入った。 その横で望遠鏡をセットし昼間の月を観測する。 ヒマワリには太陽が見えているのだろうが、リュウは少しも羨ましく感じなかった。 1年前、リュウは付き合い始めたばかりの一輝とここで月を見ながら「ずっと夜だったら良いのに」と呟いた。 夜になれば、天体観測を口実に一輝に会いにいけるから。 それを聞き取った一輝が「太陽が無くなれば好きなだけ星が見られるもんな。そうなったら、リュウは嬉しい?」と問う。 「まあ……嬉しい、かな」 「そっか…………わかった!」 一輝はそう言って目を輝かせた。 そして翌朝、太陽が消え、いつ終えるかも分からないガリレオの夜が始まった。 一輝と共に居ると不思議なことが起こる。 スモッグや雨雲が空を覆っても、リュウがこの屋上に訪れるといつも見たい方角の空がサッと晴れた。 一輝が「あ、そろそろ地震が来そうな気がする」と言えばその通りになるし、外を見てもいないのに「虹が出ているな、見ておいでよ」と言った事もあった。 突飛な発想かもしれないが、ガリレオの夜を引き起こしたのは一輝なのではないか、と思えてしまう。 しかしリュウはそれに触れることはなかった。 日常の中で違和感を感じても見ない振りをする。 一輝の正体を暴いてしまったら、彼が何処か遠くへ行ってしまうような気がしたからだ。 彼が何者であろうと、傍に居てくれるならそれでいい。 ーーどれほど時間が経っただろうか、レンズから目を放すといつの間にか一輝が立っていた。 足音やドアが閉まる音は聞こえなかった。 中腰から起き上がった瞬間に目眩がし、崩れかけるリュウの体を一輝が支える。 「ほら、ちゃんと水分とれって言ったのに」と飽きれ顔で言われた。 「……今日の月も綺麗でさ、つい夢中になっちゃった……」 「ハハッ、リュウは月ばっかり見てるな、月に嫉妬しそうだよ」 昼間から夕方へと時間は流れても、空の色は変わらず黒いまま。 リュウは店を閉めた一輝と共に夕食をとった後、雑誌を手にしたまま窓の外の月を見ていた。 「また見てる……リュウは本当に月が好きだな」 「M31もM42も好きだよ」 「でも、一番好きなのは月だろう?」 「違う」 「月面着陸が夢だって言ってるのに?」 「僕が一番好きな星は、地球だよ」 「……え?」 一輝が珍しく驚いた顔をする。 「月を見てるのは、あれがかつて地球の一部だったから。月面を調べれば地球の過去を知ることができる。皆既月食を見れば、地球そのものを感じることができるし、月面に立てば、愛する地球の全貌を見ることができる」 「……」 「僕はね、この地球を愛しているんだ……」 リュウは星の話になると饒舌になる。 この1割でも、一輝に好きだと伝えられたらいいのにとも思う。 「……一輝?」 押し黙ったままの一輝を見ると、いつもの大人の余裕は無く、欲情した顔で迫ってくる。 「リュウ、キスしたい」 「……っなんだよいきなり…………ふっ………っ……」 性急に唇を奪われ、一輝の手がリュウの体を無遠慮に這う。 「抱かせろよ……今すぐ」 らしくない一輝の様子に困惑するが、鍛えられた熱い体に抱き締められてどうでもよくなる。 早く抱いて、という思いとは裏腹な言葉がリュウの口から出る。 「っ……勝手に、しろよ」 「……ぁっ……ぁあっ……」 一輝の怒張したものがリュウの肉壁を擦り上げる。 執拗に与え続けられる快感に何度も絶頂に達し、リュウの中心はもう何も吐き出す事ができない。 「リュウ、リュウ、好きだよ」 熱を含んだ一輝の声と激しい律動に腰が砕けそうになる。 「あっ……ぅ……くっ……」 一輝、好きだ。 こんな簡単な言葉すら言えないなんて自分が情けない。 涙が滲むのを見られたくなくて、リュウは枕に顔を埋めた。 普段より激しい情事にぐったりとしたリュウに、一輝は冷えた飲み物を差し出す。 時間は深夜になり、遠くから酔っぱらいの笑い声、怒号や悲鳴が聞こえてくる。 物価の高等により窃盗が増え、新興宗教の信者が太陽を取り戻すためと称しあちこちに放火をする。 ガリレオの夜から急速に治安は悪化し、人々は少しずつ壊れていったが、リュウはそんな事どうでもよかった。 愛する地球と一輝がいれば、それでよかった。 外界とは裏腹に、部屋のコンポからは小さな音でマイケル・ジャクソンの世界平和を願う歌声が聞こえる。 汗をかいたリュウの額に一輝が優しくキスを落とす。 その愛に溢れた空間とのギャップが、より世界の歪みを感じさせた。 それでも、朝が来なくなって構わない。 突然、一輝のお気に入りの一曲がぷつりと止まる。 エアコンも止まり、間接照明も消え、窓の外の街灯も消えていた。 乾きかけた汗が再び滲み出る。 「……今夜は計画停電の日だったか」 一輝の呟きに、こんな熱帯夜に実施するなんて、この国は思っている以上に危機的な状況なのだと感じた。 「ガスは使えるから、風呂に入ろうか」 そう言ってリュウのすらりとした体を抱き上げる。 「わっ!ちょ、怖いって」 「出会った頃に比べると、大きくなったなぁ。人間の成長って早すぎて吃驚するよ」 3年前のリュウの体は貧相で、中性的な容姿も相まって女性と間違えられるほどだったが、宇宙飛行士になるため体を鍛え、今では背も伸びてしなやかな美しい体になった。 それでも一輝と比較すると華奢で、リュウはまだまだ鍛えが足りないと感じていた。 「自分で洗うからいいっ!」 「そう言うなよ、俺がやりたいんだ」 電気の付かない暗いバスルームで、抵抗するリュウに対し一輝は楽しそうにしている。 根気負けし体を委ねると、一輝は丁寧に隅々まで洗いだした。 髪、首筋、耳、脇、胸、背筋、脚の付け根、陰茎、指先……思わず変な声が漏れそうになる。 不思議なことに、鏡越しに見た一輝の顔は白人(コーカソイド)に見え、そして向かい合って浴槽に入ったときには黒人(ネグロイド)に見えた。 じっと顔を見るリュウに気付いた一輝が「どうした?」と問うが、リュウは慌てて目を反らした。 「………俺の事、変だと思ってるでしょう?」 感情の読めない顔で一輝が言う。 確信を付くその言葉にドクンと心臓が跳ね上がるが、平静を装って「別に」と答える。 「そう………ならいいんだ」 一輝はそう言ってリュウの体を反転させて背中から抱き締めた。 ぬるいお湯がパシャリと音を立てた。

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