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第3話

自宅で夕方のニュースを見ていたら、一輝の住まうビルの2階に連続殺人犯が潜伏していて、ビルのオーナーである一輝が刺された事が報道された。 一輝からは無事だと連絡があったが、大したことはないから心配するな、と病院すら教えてもらえなかった。 リュウはじっとしていられずに立入禁止になったビルへ日に何度も足を運んだ。 四人を殺した殺人犯は連行される際「もっと太陽に贄を捧げろ!」と叫んでいたそうだ。 数日後の夜にリュウが訪れると、ビルの前からパトカーが消えて、4階に明かりが灯っているのが見えた。 階段を駆け上がり部屋に飛び込む。 一輝の姿を確認した瞬間に抱き付き、心配した、不安だった、無事でよかったと言ってすがり付いて泣いた。 「ごめんな、もう大丈夫だから」 「……ど、どこ刺されたんだよ」 「脇腹……だったかな」 「なんだよその言い方、刺されたにしては退院するの早すぎるだろ。ちゃんと病院行ったのかよ……ちょっと見せろ!」 「っおい!やめろ!」 珍しく焦った声を出す一輝のシャツをまくりあげる。 「………………え……?」 一輝の腹は生きているのが不思議なくらいズタズタに切り裂かれていた。 しかしリュウが驚いたのはそこではない。 皮膚の裂け目から覗くのは血肉ではなく、溶岩のような揺らめきだった。 一輝の体内がマントルで満たされているかのように、傷口が発光して見える。 「なに、これ……」 こんなものを目にしてしまったら、もう気付いていない振りはできない。 「……リュウ、ごめんな。俺、人間じゃないんだわ」 「……だ、だろうね、まあ、どうでも、いい、けど…………」 苦し紛れに言うリュウの声は震えていた。 本能的に解るのだ、正体を暴かれた一輝が遠くに行ってしまうのが。 「リュウ、今夜は遅いから泊まっていけよ」 そう言ってベッドへと導く。 一輝の手がリュウの瞼の上に乗ると急激に眠気が襲ってきた。 「か、一輝……」 「……なに?」 「一輝は、さ……」 「うん」 「……地球……みたいだ……」 「………………うん」 否定してくれよ、冗談だって言ってくれよ。 リュウのその言葉は発せられないまま、眠りへと落ちていった。 「俺、リュウが好きでさ、喜んでほしくて太陽を隠したんだ……でも、そろそろ人類に返してやらないとなぁ…………」 人は頭上の星を眺めることはあっても、足下の星を意識することは少ない。 人類にとって一番身近な惑星である地球は、ある意味一番遠い存在にあるのかもしれない。 だが、2018年7月28日、人類と地球は繋がった。 南半球を中心に欧州や日本でも観測した皆既月食だ。 太陽と地球と月が一直線に並び、月面に地球の影が落ちる。 何万何億もの人間が、赤銅色に変わっていく満月を見て、地球に想いを馳せていた。 『あれは私たちの星、地球の影』 人々の関心が地球へ集中したその時、俺は産まれた。 “俺”とは、地球を想う人々の集合体。 または地球そのもの。 しばらくすれば人々の関心は薄れ、この身体は消えるだろうと思った。 だが、ある“疑問”が俺の体を現世に繋ぎとめた。 なぜ俺は、オーストラリアでもインドでもなく、日本に現れたのだろう? なぜ俺は、あの皆既月食の日リュウの元に現れ、彼を好きになったのだろう? その疑問も、今ならわかる。 リュウが世界の誰よりも地球を愛しているからだ。 天体論を遺したアリストテレスよりも、地動説を唱えたニコラウス・コペルニクスよりも、初の月面着陸を成し遂げたニール・アームストロングよりも、地球だけを一途に愛しているからだ。 俺は忘れない。 俺の為に夢を追い続けた恋人の事を。 彼の笑った顔も、泣いた顔も、素直になれず落ち込む顔も、不器用ながらも懸命に好意を伝えようとするいじらしい顔も。 46億年の過去と50億年の未来の中で、ここまで直向きに俺を愛してくれた存在が居たことを。 流れ星のように煌めいたこの時間を、俺は忘れない。

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