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第4話

リュウは夢を見た。 一輝と共に46億年を旅する夢だ。 彼と手を繋いで、宇宙に浮かぶ太陽を見ている。 46億年前、ガス状の原始太陽系星雲の中で、塵が衝突と合体を繰り返し原始地球となった。 一輝は燃え盛るそれを指差し「これが俺です」と照れくさそう笑っている。 テイアが衝突し月が生まれ、水・塩・タンパク質・アミノ酸等を含んだ隕石が2000万年降り注いで海になった。 ーー生命は地球から生まれたのではなく、宇宙の遥か彼方からやってきたのかもしれない。 その思考を読み取った一輝が「運命の出会いみたいでロマンチックだ」と言った。 38億年前、海の中で単細胞バクテリアが生まれ、35億年前、ストロマトライトの光合成で酸素が生成された。 6億年前、放射線を遮るオゾン層が形成されて恐竜等の様々な生命が繁栄するが、ペルム紀末の大量絶滅で生物の95%が死滅した。 7万年前、ホモ・サピエンスが誕生し、2000年前、つまり紀元前後には古代ローマ、漢などの古代帝国が出現する。 大地の再生と破壊、生命の誕生と絶滅が繰り返される長い歴史の中で、人類の時代は本当に短い。 一輝の皮膚の上で、誰かが生まれ、笑い泣き怒り、貶められ蔑まれ、死んでいく……しかしそれは些細な事。 恐竜が滅びる事も人類が滅びる事も、一輝にとっては花が枯れるのと同じ事。 しかし一輝はリュウに惹かれた。 時代は流れ現代に。 日本、東京、文京区、そこに一輝と出会う前のリュウが居た。 熱心に望遠鏡を覗くリュウは、全身全霊で地球を愛していた。 「こんなに強く想われたら、俺だってお前を好きになっちゃうよ」 蕩けた顔の一輝を、リュウはいつものように突っぱねる事すらできない。 街並みは消え景色は白くなり、一輝の逞しい腕に強く抱きしめられる。 溶岩のように脈打つ身体が温かい。 「……っ……行かないでよ……」 搾り出したリュウの声は涙声で、一輝はあやすように頭を撫でた。 「何言ってるんだ……ずっと傍にいるよ……」 優しい声と共に一輝の体が離れ、崩れ、光の粒になって遠ざかる。 リュウは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら必死に追いかけるが、伸ばした手は届かない。 最期にせめて愛の言葉を紡ごうとするが、喉からは空気が漏れるばかり。 行かないで、傍に居て 行かないで、愛してる その思いは届かず、世界は光に包まれた。 リュウは固い床の上で目を覚ました。 窓からは明かりが差し込み、ガリレオの夜が終わったことを告げている。 忘れかけていた夏の日差しがリュウの顔をジリジリと焼いた。 久方ぶりの朝の訪れに、テレビ、ラジオ、外からも歓喜の声が鳴り止まない。 「一輝…一輝……っ!」 世界が喜びに包まれる中、リュウだけが悲しみの涙を零す。 「……一輝っ……どこ……」 名前を呼んで必死に探すが、彼が生きた痕跡は何一つ残っていなかった。 屋上のヒマワリも、愛し合ったベッドも、何も。 外に飛び出し常連客だった礼子を問いただすが、一輝のことだけ綺麗に忘れていた。 空っぽになった雑居ビルの1階に呆然として座り込む。 廃退的な空間にホコリがキラキラと舞って、教会のような厳かな雰囲気を醸し出していた。 泣いて泣いて涙が枯れる頃、リュウは一輝の言葉を思い出した。 『何言ってるんだ……ずっと傍にいるよ……』 そうだ。 彼はすぐそこに居るじゃないか。 いつまでも泣いていたら笑われてしまう。 恋人に宣言した事を果たしに行かなくては。 リュウは腹に力を込めて立ち上がり、地球を思い切り踏み締めた。

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