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猫と秘密の場所1

 この学園は避暑地みたいなところにあるので緑が多い。  俺は早起きして朝食前に林道を散歩してみた。空気が澄んでて気持ちいいな。 すると「にゃあ」と猫の声が聞こえた。  俺、猫派なんだよね。ちょっとワクワクして声のする方へと、細い横道に入っていった。  ちっちっ、と舌を鳴らしながら猫を探してたらガサッと音がして、茂みから猫じゃなくて人間が出てきた。  すらりとした長身の美形だ。切れ長の瞳にサラサラの黒髪。  お茶のコマーシャルに出てる歌舞伎役者の二世タレントに似てる。そう、イケメンってゆうよりも美形だ。 無言でじっと見つめあってたら、 「にゃあ」  美形の腕の中で猫が鳴いた。  わ、可愛い。黒猫だ。 「可愛い! どこの猫?」  美形はふるふると首を振った。 「野良ちゃん?」  今度は縦に首を振って頷く。  あれ? もしかして喋れないのかな? よく見ると怯えた表情だし。  俺はペットボトルのお茶とか入れてきたトートバックを漁って、ボールペンとメモ帳を出した。帰りにコンビニに寄ろうと思って、買い物リストをメモしてきたんだ。 「ごめんね。喋れないの? 筆談できる?」  美形くんは驚いた顔で俺を見た。  少し躊躇ったあとボールペンを受け取り、メモ帳に綺麗な字を書いた。 “話せるし聞こえてるよ。ちょっとどもってしまうから、話したくないんだ”  なんだ、喋れるんだ。どもるって、吃音なのかな。でも意志疎通できるなら大丈夫だ。確か吃音って大人になったら治ることの方が多いはず……。  美形くんが不安そうにこっちを見てるから、俺は普通に話すことにした。 「そっか。で、この猫は学校に住み着いてるの?」 “うん。でも秘密なんだ。保健所に連れていかれる” 「それはダメだ! こんなに可愛いのに」  俺は猫の喉をコショコショくすぐった。猫はグルグルと喉を鳴らしてる。  腕を伸ばして「だっこー」と、俺のとこに来ようとしたので、これ幸いと美形くんの腕から猫を奪っちゃった。 「人懐っこいなぁ」 “そんなことない” 「そうなの?」 “いつも他の人が来たら逃げる” 「じゃあ俺は猫に選ばれし者だ」  もふもふと猫に頬擦りした。癒されるなぁ。 「………き、きみ、変わってる」  あ、喋った!  確かにちょっとどもってるけど、 「すごい良い声してるね」  低くて穏やかで、ずっと聞いてると落ち着くだろう優しい声だ。 「……い、いい声?」 「うん。顔は美形だし、声も美声だし。少しどもるくらいのハンデ、全然ハンデになってないよ」 「なーう」 「ほら、猫もそうだって。俺なんて背低いし、地味顔だし、女子にも全然モテないし」 「なうなう」 「……そこは否定してよ」  俺と猫が漫才みたいな掛け合いをしてると、美形くんはクスクス笑いだした。笑った顔は少し幼くて可愛い。 「俺、田村清道」 「……お、俺は西園寺……は、春馬」 「ありがとう。よろしくね」 「な、なんで? ありがとうって……」 「んーとね、喋るの苦手なのに、俺と喋ってくれたから。ありがとうね」  美形だからこそ、吃音だってことも人より注目されてきたはずだ。きっと嫌な思いをしてきたんだと思う。  勇気を出して言葉にしてくれた。なんでもない会話だとしても、すごく嬉しい。  もしこいつが清だったら……勇敢だねって誉めてあげたい。  春馬くんは照れたように、でも嬉しそうに俯いて猫を撫でていた。

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