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猫と秘密の場所2[side 春馬]

  [side 春馬]  二か月前、林道から外れた場所にある木の(うろ)に住み着いた猫を見つけた。  なぜか俺に懐いてきて、俺もほっとけなくて、こっそりご飯をあげている。こんなところにたった一匹で暮らす猫は寂しくないのだろうか。でも一匹だから幸せなのかもしれない。  俺は人と話すのが苦手だ。喉の奥で言葉が詰まってどもってしまう。  祖母に厳しく躾けられたせいだと思う。母は空気のような存在で、父親は忙しい人でほとんど海外にいた。  今思えば、祖母は母の事が気に入らなかったんだ。だから母に似た俺を折檻した。  もう幼い子供じゃないのに……情けなくなるけど、自分の思ったことを言葉にするのが怖かった。否定されたり、叩かれたりするのが怖い。  この学園では俺を叩く者も否定する者もいないというのに。それどころか親衛隊の生徒達が俺の事をガードしてくれている。  生徒会役員には必ず親衛隊が作られる。その制度は好ましくないけれど、助けられているのも事実だ。彼らが俺に向けているのは好意だ。  それでも一人になりたい。そう思う時は、一人でこっそりこの場所に来る。  真っ黒な猫は優しく擦り寄って癒してくれる。 そこは俺にとっての聖域みたいな場所だったのに…… 「可愛い! どこの猫?」  知らない子がその聖域にずかずかと土足で踏み込んできた。  下級生から生徒会のメンバーには気軽に話しかけることは禁じられている。暗黙のルールだ。  俺の事を知らないみたいだから新入生だ。戸惑いと不快感を露わにして、その子を見ていると、 「ごめんね。喋れないの? 筆談できる?」  メモ帳とペンを俺に差し出したので少し驚いた。  少し気遣うような色を浮かべた眼差しでまっすぐに俺を見上げている。まるで無垢な子猫みたいだ。 “話せるし聞こえてるよ。ちょっとどもってしまうから、話したくないんだ”  俺はメモ帳にそう書いてみた。 「そっか。で、この猫は学校に住み着いてるの?」  すると、あっさりと話題を変えた。なぜどもってしまうのかとか、なにも聞いてこない。  憐れみや、奇妙なものを見ることもしない。 俺の容姿に対して憧れるように見るわけでもない。  すごく……普通だ。普通の友達みたいに話しかけてくる。 「……き、きみ、変わってる」  俺は無意識に声を出してしまった。 「すごく良い声してるね」  やっぱりどもってしまった。  けれどその子は嬉しそうに笑った。それから「ありがとう」って言った。  なんで? って聞いたら、少し考えてから答えた。 「んーとね、喋るの苦手なのに、俺と喋ってくれたから。ありがとうね」  ……くすぐったい。  こんなにもまっすぐに、純粋な言葉をもらったのは初めてだ。  田村清道と名乗ったその子の黒髪が猫みたいに柔らかそうで、つい猫を撫でるときみたいに触れてしまった。 「なに?」  びっくりした顔も猫みたいだ。つぶらな瞳が可愛いくて、なんだか癒される。 「ね、猫みたいだと、お、思って」 「猫~? 初めて言われた。ハムスターみたいだって言われた事はあるけど」  清道がまた笑ったので、俺もつられて笑った。

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