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ハンバーグと恋3
その日の夕方、ハンバーグを作った俺は、それをタッパーに詰めて部屋を出た。
一年の寮を出て、三年の寮の建物を目指して歩いた。
委員長は風紀委員だから最上階の一人部屋だ。贅沢だよね。
エレベーターを降りて、委員長の部屋のチャイムを鳴らした。メールしてたから、すぐにドアが空いて部屋の中に引きこまれた。
一瞬で委員長の腕の中だ。
委員長は何も言わずに俺を抱きしめてる。
俺は両手でタッパーを持ってるから、抱き返すことができない。
けど抱き返さなくても大丈夫って思えた。
何かしてあげたい、してあげなくちゃ、面倒みなくちゃ、守ってあげなきゃ、助けたい、抱きしめてあげたい。
以前までの俺なら、そう思ってすぐに抱き返していた。
相手に与えることばかり考えてしまう。それが当たり前だった。
でも今は……与えられるぬくもりをただ受け入れるだけ。
焦らなくていい。まるで赤ちゃんみたいに身を任せることができるんだ。
「……いい匂いだな」
「煮込みハンバーグだよ。一緒に食べよう」
「美味そうだ」
委員長はようやく腕の力を緩めた。
優しい目で俺のことを見てる。だから俺は思い切って聞いてみた。
「ねぇ、俺を見てなにか思い出すことある?」
ずっと確かめたいことがあった。
以前までの俺は前世の記憶に引きずられていた。
もしかしたら委員長もそうだったんじゃないだろうか?
俺が前世の夢を見たのは火事の日が最後だった。
あの最後の夢の中で、前世でも炎の中から俺を助け出したのは……委員長だった。
……だから、もし委員長の中で前世の感情が浄化されちゃってたら……前世の呪縛から解放されてたら……俺と同じように想いが変化しているかもしれない。
前世の影響で俺を好きになったのなら、もう田村清道のことを好きじゃないかもしれない。
「思い出すことなんていっぱいあるぞ」
委員長の答えに俺は目の前が真っ暗になっていくような気がした。
「初めて会ったとき、ほんとに平凡なんだなって思った。お前は生徒会連中をたぶらかした平凡で有名になってたからな」
「えっ」
「ケガしてないか尻を調べようとしたら怒ったな。意外と気の強いやつだって思ったよ。あと、泣き顔は可愛かった。時々、大人みたいなのに普段は天然のガキだ。心配で目が離せなくなった。あとは作る飯が美味い。とくに肉じゃが」
委員長は俺の頬を両手で包み込んだ。
「何を悩んでんのか知らねぇが、俺はお前が好きだ。お前はどうなんだ? ちゃんと俺を見てるか?」
「……見てる。今度はちゃんと見てるよ」
笑みを浮かべた委員長の唇が近付いてきたので、俺は素直に目を閉じた。
委員長は俺の手からタッパーを取り上げた。
「これはあとで食べよう」
「え、わっ」
今度は俺を抱き上げて寝室まで運んだ。
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