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初夏 2

その瞬間教室が静まり1拍置いたのち歓声が上がった。 何が起こったのか分からない薫に比べ余裕の立花はクラスメイトに向かって言った。 「羨ましいだろ?」 餌付け成功とサムズアップして見せた。 さらにもう一口薫に差し出す。 みんなの注目を浴びて薫は迷ったが一口味わった後の誘惑に負け口を開けた。 デニッシュとさくら餡というミスマッチに思える組み合わせだが、さくら餡の爽やかな香りとバターが意外に合う。 「気に入った?ならあげるよ。その代わり玉子焼きちょうだい」 薫の手に残りのデニッシュを押し付け大口を開ける立花に、苦笑いしながら玉子焼きを放り込んだ。 自分がこんな気の置けないやり取りをするなんて。 自分の殻に閉じこもっていたこれまでからは考えられない。 これも食べてみなと、次々差し出すクラスメイトに辟易しながらも楽しい時間を過ごした。 立花との距離が縮まるにつれ笑顔を見せるようなった薫の変化は陽平にも感じ取れた。 不定期ながらずっと薫の家庭教師をやってきた陽平とって、その変化は嬉しくもあり焦燥を誘うものでもあった。 中間テストの前に薫の勉強を見に来た陽平は、英語の課題をチェックしながらさりげなく訊ねた。 「最近学校はどう?去年より楽しそうだ」 「そう?最近気の合う友達が出来たんだ。だからかな?」 立花の存在を隠す気のない薫は嬉しそうに報告した。 立花とのあれこれを楽しそうに話す薫を見て陽平は複雑な気持ちになった。 可愛い弟分。 そう、思っていた。 なのにこの感情はなんだろう。 薫に自分以外に心を許す存在が出来たことを喜ぶべきなのに。 胸に渦巻くどす黒い感情は、そう…… まるで嫉妬だ。

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