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夏 3

あの冬以来その方面に目を向けるのを避けていた薫は年の割に幼い。 人見知りで他人との間に壁を作って来たこともあり、他人の恋愛話にも縁がなかった。 当然キスマークの付け方どころか存在すら知らないレベルだ。 薫の言うキスマークとは口紅を押し付けた時に出来る唇の形だった。 ドラマで浮気を疑われるシーンなどでよく見るワイシャツにベッタリとついた赤い唇の痕。 そのイメージからかけ離れた赤い吸い痕は事情を知るものから見れば艶めかしく見えるが、薫には虫刺されにしか見えない。 薫の訝しげな顔を見て立花の笑いは引いていった。 本気で言っているのだろうか? しばらく思案していた立花がため息混じりにつぶやいた。 「薫にはまだ早いよ」 本当に知りたかったら俺が教えてあげるから、と顔を覗き込んで念を押す。 放っておくと誰か他の人間に無防備に教えを乞いそうで危うい。 うつむきがちだった去年までと違いよく笑う様になった薫は、本人は自覚していないが人目を引く。 さらさらと流れるクセのない黒髪にすっきり整った顔立ち、細い首。 ストイックな雰囲気なのにそれでいて煽情的でもある。 そして普段無表情な分、笑った時のギャップに目を奪われるのだ。 自分がその笑顔を引き出していることに立花はうっすらと優越感を覚えた。 自分だけが薫に受け入れられていると言う優越感を。 もともとそんなに強くこだわる性格でもない薫の興味は他に移りキスマークの話題はそこで打ち切りになった。 お互い次の課外の準備もありその日はそこで慌ただしく別れた。 だけど薫の興味はなくなったわけではない。 立花が教えてくれないなら他の誰かに聞けばいいのだ。 幸い教えてくれそうな心当たりはある。 薫はこだわりのない性格ゆえに切り替えも早かった。

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