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二部 Lovers-1

 お母さんは、とてもキレイだったらしい。  兄がくれた一枚の写真。  とてもきれいな女性が少し意地悪な感じで笑っている。  眼がキラキラしてて楽しそうな感じ。髪も肌もつやつやで、胸元の開いた真紅の服が唇と同じ色。オシャレだよね。  オリエンタルでちょっとミステリアスな色っぽい系。もし僕がそこら辺でこんな女見たら、確実に『イケてる』とか思うだろうレベル。  フルートグラスを持ってるからシャンパンを飲んでるんだろう。背景には英語で書いた僕の名前と、へたくそなハッピーバースデイの文字。兄によると、僕の四歳の誕生日に撮ったものらしい。  なぜかこの他にお母さんの写真てモノは一枚も無い。  この写真を見せると、みんな『美人だな』とか『すごくきれいな人だね』とかいう。そしてたいていの人が『君はお母さん似なんだな』と納得したような顔をする。  そう、僕は美人な母親にそっくりなんだ。子供の頃はしょっちゅう女の子に間違われた。まあ僕はめっちゃ可愛いくてとびきり愛らしかったからね。ニッコリ笑えばたいていの大人はメロメロになってくれた。  けど今はもう女顔って感じじゃない。  成長期に牛乳とカルシウム錠剤をめちゃ取ったからかな、骨格はかなり成長した。身長もまあまあ伸びたし肩幅もそこそこ。トレーニングの成果で(あご)(くび)にもしっかり筋肉が付いたし、少なくとも女に間違われはしない。  けど子供の頃一緒にトレーニングしてた連中とか、たまに会うとみんなガッチリしちゃって、腕は太いし胸板もぶ厚くてマッチョな感じ。ヒゲはやしてたり胸毛わっさりだったり、奴らはヘビーでかっこいい。  なのに僕はというと骨細の身体には筋肉が付いてもデカくはならない。まあプロテイン飲んでないからだろうけど、日に焼けても赤くなるだけでなまっちろいし、ヒゲや体毛も薄くて弱く見られがち。  つまり僕は母親似で、なにげに舐められやすい外見なわけだ。それはそれで活用してるから良いんだけど。  それはそれとして、僕の記憶にあるお母さんは、あんまりきれいじゃなかったりする。  髪はぼっさぼさ、ガリガリで目ばっかり大きくて。そう、生気(せいき)無い感じなのに目だけがギラギラで、ちょっと怖いくらいでさ。  コレたぶん、六歳の誕生日の時のお母さんなんだ。僕の耳に針で穴を開けて、ピアスつけた時。  六歳の僕は太い針の先を向けられて、けど逃げずにじっと座ってたんだから、たぶんアレはお母さんなんだ。  それは確信できる。そうじゃなかったら僕は暴れて逃げたに決まってるからね。  まあ、その顔のイメージが強すぎて、あの写真みたいにきれいな顔は覚えてないわけだけど。  たぶん財産を僕の身に付けておこうと考えたんだろうなと、今は思う。中国人は価値の高い貴金属を常に身につけている。いざという時、身一つで逃げても逃亡先で金に換えて生きる為に使えるよう、常に備えるのだ。……というのは、中国系の宝石屋から聞いたことだ。  そいつがいうには、この耳にあるダイヤは、片耳だけで四万ドルくらいの価値があるってことだった。石はそれぞれおよそ1.5カラットのVVS、取り巻きのメレダイヤもクオリティが高くて、台はプラチナでこれも重量がある。ばらしても価値あるけど、デザインがさらに価値を高めている、とかなんとか。見せてくれと言われても僕は絶対に外さなかったから、そいつが勝手に言ってただけだけどね。  まあとにかく、お母さんはたぶん、そういう時が来ると予想して僕に財産を身につけさせようとした。そこまで考える過程でか、それを手に入れる為になのか、分からないけど色々大変で、そんなにきれいじゃなくなってしまったのかもなあ、なんて思う。  まあ単なる想像に過ぎないわけだけど、お母さんが中国系のアメリカ人だった、てのは聞いてるし、実際僕は身一つでマウラのトコに来たわけだから、あながち間違ってないと思うんだ。  ラッキーなことに、コレを売り払う必要には迫られずに済んだけど、お母さんは子供だから指輪やペンダントよりピアスの方が無くさないだろうとか、そう考えたのかも知れない。  だってこのピアス、簡単には外せないんだ。マウラに言われて一度外したけどすぐ元通りに付けて、でもその時大変だったから、それ以来一度も外してなかったしね。  僕って気がついたらマウラの学校で色んな人種の子供たちに囲まれてた感じで、その前日本にいたとは聞いてるんだけど、まったく実感は無い。  覚えてるのは、しょっちゅうイライラしてたなってコト。  なにも持ってないんだけど、大切なものがたくさんあったような気がしてさ。なんとなくだけど。  手に入れてしまえばイライラしなくなるかなぁ、なんて感じで、思い出したものはいくつかある。  たとえば絵本。  たとえばグローブ。  おもちゃやDVD。  その他にも色々あったような気はするんだよね。思い出せなかったけど。  どれももちろん、後で同じ物は手に入れた。……んだけど、あんなに欲しいと思って手に入れたのに、実際手にしてみたらぜんぜん興味持てなくて、なんで欲しかったのか分からない感じで。  だから誰かにあげちゃった。  とにかく、その頃から僕は欲しいものを我慢しないことにしてるんだ。ガマンしてイライラとか無意味でしょ?  金を払って手に入る物はもちろん、高い評価とか、良い成績とか、信頼とか人望っぽいものとか、そういう形のないものであっても、それが欲しいと思えば、どうするべきか考えて手に入れる。シミュレーションの通りにうまく運べば、満足感も倍増するしね。  だから金で買えないものの方が価値が高いと思ってるトコがある。  そして唯一、母からもらったものであるらしいダイヤのピアスの片方は、隣で紅茶を飲んでる透さんの耳にある。僕が付けてくれと頼んだからだ。  成海 透は僕にとって最も価値の高いもので、このダイヤは唯一、六歳の頃から僕の傍にあるもの。だから恋人になってくれたとき、拝み倒して僕のだって印を付けて貰った。髪に隠れて石はほとんど見えないけど、僕と透さんが分かってるから問題無い。  そして透さんは僕の空いた右耳のためにピジョンブラッドのピアスをくれた。こっちは両耳分あるから、右耳の軟骨部分に穴を増やして、ダイヤの方をそっちにつけ、透さんにもらったのは両方耳たぶにつけてる。  透さんは唯一、自分より大切だと思える人で、何より大切な僕の恋人。僕はこの人を守ると決めた。そんなの他にいないし、この人のためにできることが無いか、僕はいつも探してる。  この間、透さんが書いた論文がけっこう有名な論文誌に載ることが決まった。……てのを昨日、間宮に聞いた。間宮ってのは透さんの先輩で、結構めんどくさいやつだ。透さんを大切にしているのは知ってるから傍にいることを許容してるんだけど、僕より近しい感じ出してくるのはちょっとイラつく。  仕事関係で繋がってる間宮の方にそういうニュースが行くのはしょうがない。しょうがないけどなんか負けてる気がしてむかつくから、僕はスペシャルなお祝いしよう! と決めた。  スペシャルってからには、やっぱりちょっと旅行でも行きたいトコだよね! そして間宮に写真とか見せて自慢してやるんだ。  だから僕はウキウキで提案した。 「ねえ、お祝いに旅行とかさ、休み取って行こうよ。透さんの言ってたトコに行きたいな。ホラ、こないだ話してくれたベルギーの大学とか、イギリスの田園地帯とか、ああほらドイツの温泉地とかさ! 色々回るのも楽しそうじゃない?」  ワクワクで言ったのに、あっさり返された。 「俺はただでさえ病気でちょくちょく休んでるんだ。遊びに行くのに休みなんて取れるか」  なんて可愛くないこと言うし。透さんは病気持ちで、病気が原因で迷惑かけるのをとても嫌だと思ってるのは知ってる。透さんの気持ちを大事にしたいとは思ってるけど僕は頑張ってねだる。だって間宮にできないことしたいし! 「でもお祝いしたいよ! なんか特別なことしたい! どっか行こうよ~! ねえどっか行きたいトコとか無いの、透さん!」  すると透さんは顔をしかめてぼそっと言った。 「……じゃあ」 「え、なになに?」 「あの別荘、行きたい……かな」 「別荘?」 「あの………、ほら、夏に……、一緒に行っただろ。紅茶飲んで……」  焦れったそうに言う顔を見てて、どこか分かった。  この前の夏、透さんは僕から離れようとして、一緒に行った兄の別荘に僕をひとり置いて姿を消した。あそこのことを言ってるんだ。  正直あんまりイイ記憶ないんだけど、透さんがこんな風にしかめっ面になる時って照れてる時だって僕は知ってる。なにを照れてるのか分かんないし、この可愛いしかめっ面をもっと見たくて「ええ~? どこ?」僕は分からないフリをする。 「……だから、おまえのこと、置き去りにしただろ?」 「ああ~~~、ああ、うんうんあそこね? え~なんであの別荘?」  そこは本気で分からなかったから素で聞いた。 「いや、その。……想い出の、場所だろ。なんつうか……」  う~~ん……最悪な感じの記憶しかないけど。 「つうかあん時、おまえに悪いことしたって、ちょっと、その、気になっててだな。まあその……今度は幸せな想い出、作りたい、かも、しれねえ、つうか……」  うわー耳真っ赤。めっちゃ照れてる! かーわいい。  そうかそうか、そんなトコこだわってたんだ。過ぎたコトなんてどうでもいいから忘れてたけど。  ああでもあの時のエッチは最高だったよなあ。何回もやらせてくれたし めっちゃ感じてて最高に可愛かったし。そういえば付き合い始めてからあんな風な感じになってくれてないなあ……。  付き合ってもう半年。ぼくは毎日でもOKなくらい欲しいのに、透さんは体調が、とか言ってけっこうエッチ拒否るし、二回目はNG出すし、なんか思う存分抱いてない。体調を悪くしちゃいけないと思ってるから引き下がってるけど、またあんな風に好きなだけ弄り倒して突っ込みまくりたい。  あ! そうか!  僕は閃いた。  もしかしてあそこに行ったら好きなだけエッチOK、とかって無いかな?  即座に頭の中で作戦を立てる。想い出の場所で改めて愛し合おうよ、なんて言ってムードたっぷりに迫ったらイイ感じにエロくなってくれないかな? そう、透さんはけっこうムードに弱いから、スマートにジェントルにエスコートして着る物からシチュエーションから決めまくって……イイぞ、イケそう。  作戦立案の余録として透さんのエロ画像を脳内再生しながら、僕はニッコリ頷いた。 「OK! じゃ、あそこね! 使わせてもらえるか確認しとく! いつがいい?」

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