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二部 最初の学校1 父と子
タカオがいきなり部屋に入ってきた。
ぼくはにらんでやった。こいつは嫌いだ。
「淳哉、おまえは学校に入ることになった」
こいつはいつも偉そうで、お母さんを独り占めしてぼくを仲間はずれにするんだ。
いつもいつも。
そしてお母さんは、いつも泣いていたんだ。
「必要な物は夫人に聞いて、取りこぼしのないように準備をしなさい。後でカードを渡すから、金はそこから入手して良い。そこを卒業するまでの間、おまえが必要だと思うだけの金を使うことを許可する。だが、おまえから私に連絡を取ることは許さない。幸哉に対しても絶対に連絡を取るな。分かったか」
聞きたくない。こいつの言うことなんて一つも聞きたくない。連絡先だって知らない。けど
「なんでユキヤもダメなの」
「おまえが知る必要はない」
「お母さんは」
「……それもおまえが知る必要はない」
「お母さんを独り占めするの」
タカオは少しだけ口を歪めて笑った。この笑い方も嫌い。バカにしてる感じ。
「おまえはおとなしく従っていなさい。分からないことは夫人に聞けばよい」
「お母さんは、ぼくが守るんだ」
今度は少し驚いたみたいだ。けどすぐ、いつもの感じ悪い顔になる。なに考えてるか分からない、冷たい顔。
「あれの為に、おまえがなにをできる?」
……くそう。
ぼくは唇を噛んだ。そうだぼくはお母さんを守れなかった。
あれから何度も、繰り返し繰り返し頭の中に映るそれ。くそう、気分わるい。けど止められない。またあれが頭の中で繰り返される。くそう、頭痛い。
病室はいつも静かで、お母さんはたいていベッドに寝てるかぼーっとしてる。ぼくは少しだけトレーニングするけど、やることなくて、たいてい窓のトコで本読んでて。本は好きだけど、トレーニングできないのがちょっと嫌だし、やっぱりつまらない。
そういうとき、ユキヤのトコを思い出した。あそこには赤ちゃんがいた。
マレヤはすごく可愛い。
ぼくはよく可愛いって言われるけど、マレヤの方がずっと可愛い。
あんなになにもかも小さいのに、マレヤはちゃんと生きてる。ロボットや人形より、マレヤの方がずっと細かいとこまでよくできてて、ぼくはいちいち感心するんだ。
またマレヤと遊びたいなあ、なんてぼくはしょっちゅう思ってた。毎日がそんな風で、ぼくもぼーっとしてた。
でもあの日、廊下が騒がしくなったと思ったら、デカイ男が二人、病室に入ってきたんだ。
そいつらはお母さんになんか言った。お母さんが首を振ると、なんか怒鳴った。お母さんは「No!」と叫んだ。そしたらそいつはお母さんを殴って、お母さんは悲鳴を上げた。ぼくは走ってそいつとお母さんの間に入った。両手をひろげてそいつらからお母さんを守ろうとしたのに、首のトコつかまれて投げられた。痛い。
けど、すぐ戻る。いっぱいトレーニングしたから、ぼくは大丈夫、負けない。
腕をつかんでそいつを投げようとした。合気道で習ったワザ。けどぜんぜん道場で習ったみたいにできない。男はびくともしなくて、逆にはね飛ばされる。くそっ、くそうっ!
病院に来てからずっと道場行けなかったから、トレーニングもしてなくて、だから、ぼくはまだ弱いままだ
だからっ! だから勝てないのか、負けちゃうのか、守るのに、ぼくが
くそ、くそう、くっそう!
ぼくが、おかあさんを、守るんだ!
めいっぱいおっきい声出して、めちゃくちゃ暴れる。
そしたら殴られた。顔や、お腹や。
背中を踏まれて、倒れてるって分かった。けど負けない。
ぼくは守る!
守る、守る、守るんだっ!
なんかいも殴られた。めっちゃ痛いけど負けない。キックが決まった、と思ったら、また投げ飛ばされた。なんかいも投げられて、ベッドとかテーブルとかぶつかって死ぬほど痛い。けど負けない。
ぼくは、負けないっ!
なのに押さえ込まれてまた背中を踏まれた。足が重くなって背中と胸がめちゃ痛い。ぼくは動けなくて、手と足をめちゃくちゃ動かして叫んだ。
「はなせぇっ!」
「ジュン!」
お母さんの声が聞こえた。
くそう、なのに動けない! またお母さんが殴られる! ダメだぼくが守るのに!
「ジュンを離して!」
背中が軽くなって、すぐにぼくを抱き締める腕。お母さんだ。お母さんの匂い。お母さんの胸。
ぼくはお母さんにしがみついた。
「お母さんだいじょうぶ、ぼく守るから」
しがみついてたから、かっこわるい。
けど、ぼくは言った。お母さんがギュッと抱き締めてくれた。
「だいじょうぶ」
もう一回言った。
だって死んでも守る、こんどこそ
そう思ったから。なのに
………そこから、覚えてない。
あいつらが、頭から消える。抱き締めるお母さんの匂いも消える。
気がついたら、ぼくはユキヤに抱っこされて車に乗るトコだった。すぐ寝ちゃって、次は飛行機の中だった。その次はまた車。降りたらマウラの家だった。
お母さんはいなくて、マウラが抱き締めた。
寝心地の良いベッド。
でもぼくのじゃない。
ぼくのは、どこ? ぼくの、大切なもの、どこ?
タカオの、声が、言った。
「自分に何の力もないことを自覚しなさい。おまえは非力な子供でしかない。おまえに守れるものなど、なにひとつ無いのだ」
タカオは、……間違ってない。
だってぼくは、お母さんを守れなかった。
くそう。
「おまえはまず学校へ行って、多くを学び身体を鍛えなさい」
くそう。ぼくは、弱い。
いやだ。弱いぼくはいやだ。
いやだ。いやだ。いやだ。
「そうして力を付けてから私のところに来るが良い。おまえにその価値があれば迎え入れてやろう」
くそう。くそう、くそ、くそ、くそっ、くっそーっ!
ぼくはタカオのお腹を殴った。
何回も殴った。けどタカオは逃げない。平気な感じで立ってる。
くそー! むかつく!!
いつのまにが涙が出てた。
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