20 / 97

二部 最初の学校1 父と子

 タカオがいきなり部屋に入ってきた。  ぼくはにらんでやった。こいつは嫌いだ。 「淳哉、おまえは学校に入ることになった」  こいつはいつも偉そうで、お母さんを独り占めしてぼくを仲間はずれにするんだ。  いつもいつも。  そしてお母さんは、いつも泣いていたんだ。 「必要な物は夫人に聞いて、取りこぼしのないように準備をしなさい。後でカードを渡すから、金はそこから入手して良い。そこを卒業するまでの間、おまえが必要だと思うだけの金を使うことを許可する。だが、おまえから私に連絡を取ることは許さない。幸哉に対しても絶対に連絡を取るな。分かったか」  聞きたくない。こいつの言うことなんて一つも聞きたくない。連絡先だって知らない。けど 「なんでユキヤもダメなの」 「おまえが知る必要はない」 「お母さんは」 「……それもおまえが知る必要はない」 「お母さんを独り占めするの」  タカオは少しだけ口を歪めて笑った。この笑い方も嫌い。バカにしてる感じ。 「おまえはおとなしく従っていなさい。分からないことは夫人に聞けばよい」 「お母さんは、ぼくが守るんだ」  今度は少し驚いたみたいだ。けどすぐ、いつもの感じ悪い顔になる。なに考えてるか分からない、冷たい顔。 「あれの為に、おまえがなにをできる?」  ……くそう。  ぼくは唇を噛んだ。そうだぼくはお母さんを守れなかった。  あれから何度も、繰り返し繰り返し頭の中に映るそれ。くそう、気分わるい。けど止められない。またあれが頭の中で繰り返される。くそう、頭痛い。  病室はいつも静かで、お母さんはたいていベッドに寝てるかぼーっとしてる。ぼくは少しだけトレーニングするけど、やることなくて、たいてい窓のトコで本読んでて。本は好きだけど、トレーニングできないのがちょっと嫌だし、やっぱりつまらない。  そういうとき、ユキヤのトコを思い出した。あそこには赤ちゃんがいた。  マレヤはすごく可愛い。  ぼくはよく可愛いって言われるけど、マレヤの方がずっと可愛い。  あんなになにもかも小さいのに、マレヤはちゃんと生きてる。ロボットや人形より、マレヤの方がずっと細かいとこまでよくできてて、ぼくはいちいち感心するんだ。  またマレヤと遊びたいなあ、なんてぼくはしょっちゅう思ってた。毎日がそんな風で、ぼくもぼーっとしてた。  でもあの日、廊下が騒がしくなったと思ったら、デカイ男が二人、病室に入ってきたんだ。  そいつらはお母さんになんか言った。お母さんが首を振ると、なんか怒鳴った。お母さんは「No!」と叫んだ。そしたらそいつはお母さんを殴って、お母さんは悲鳴を上げた。ぼくは走ってそいつとお母さんの間に入った。両手をひろげてそいつらからお母さんを守ろうとしたのに、首のトコつかまれて投げられた。痛い。  けど、すぐ戻る。いっぱいトレーニングしたから、ぼくは大丈夫、負けない。  腕をつかんでそいつを投げようとした。合気道で習ったワザ。けどぜんぜん道場で習ったみたいにできない。男はびくともしなくて、逆にはね飛ばされる。くそっ、くそうっ!  病院に来てからずっと道場行けなかったから、トレーニングもしてなくて、だから、ぼくはまだ弱いままだ  だからっ! だから勝てないのか、負けちゃうのか、守るのに、ぼくが  くそ、くそう、くっそう!  ぼくが、おかあさんを、守るんだ!  めいっぱいおっきい声出して、めちゃくちゃ暴れる。  そしたら殴られた。顔や、お腹や。  背中を踏まれて、倒れてるって分かった。けど負けない。  ぼくは守る!  守る、守る、守るんだっ!  なんかいも殴られた。めっちゃ痛いけど負けない。キックが決まった、と思ったら、また投げ飛ばされた。なんかいも投げられて、ベッドとかテーブルとかぶつかって死ぬほど痛い。けど負けない。  ぼくは、負けないっ!  なのに押さえ込まれてまた背中を踏まれた。足が重くなって背中と胸がめちゃ痛い。ぼくは動けなくて、手と足をめちゃくちゃ動かして叫んだ。 「はなせぇっ!」 「ジュン!」  お母さんの声が聞こえた。  くそう、なのに動けない! またお母さんが殴られる! ダメだぼくが守るのに! 「ジュンを離して!」  背中が軽くなって、すぐにぼくを抱き締める腕。お母さんだ。お母さんの匂い。お母さんの胸。  ぼくはお母さんにしがみついた。 「お母さんだいじょうぶ、ぼく守るから」  しがみついてたから、かっこわるい。  けど、ぼくは言った。お母さんがギュッと抱き締めてくれた。 「だいじょうぶ」  もう一回言った。  だって死んでも守る、こんどこそ  そう思ったから。なのに  ………そこから、覚えてない。  あいつらが、頭から消える。抱き締めるお母さんの匂いも消える。  気がついたら、ぼくはユキヤに抱っこされて車に乗るトコだった。すぐ寝ちゃって、次は飛行機の中だった。その次はまた車。降りたらマウラの家だった。  お母さんはいなくて、マウラが抱き締めた。  寝心地の良いベッド。  でもぼくのじゃない。  ぼくのは、どこ? ぼくの、大切なもの、どこ?  タカオの、声が、言った。 「自分に何の力もないことを自覚しなさい。おまえは非力な子供でしかない。おまえに守れるものなど、なにひとつ無いのだ」  タカオは、……間違ってない。  だってぼくは、お母さんを守れなかった。  くそう。 「おまえはまず学校へ行って、多くを学び身体を鍛えなさい」  くそう。ぼくは、弱い。  いやだ。弱いぼくはいやだ。  いやだ。いやだ。いやだ。 「そうして力を付けてから私のところに来るが良い。おまえにその価値があれば迎え入れてやろう」  くそう。くそう、くそ、くそ、くそっ、くっそーっ!  ぼくはタカオのお腹を殴った。  何回も殴った。けどタカオは逃げない。平気な感じで立ってる。  くそー! むかつく!!  いつのまにが涙が出てた。

ともだちにシェアしよう!