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二部 Lovers-2

 別荘へ行こうと話してから三週間後。  淳哉の車で別荘に到着した透は、やはりたいした建物だ、と思いながら見上げていた。  半地下部分は石造りで、おそらく基礎も兼ねているのだろうが、コンクリートで打っただけの無機質なものとは違う。その上に木組みの壁が乗っている。  欧州にいた頃、石造りの建物はたくさん見た。それらとこの別荘の半地下部分には似通ったものがあると感じられ、この別荘を建てた人が細部までしっかりイメージして手を抜かなかったであろうことが、如実(にょじつ)に伺える。 「透さん、先に入ってて」  淳哉がそう言ったので木の階段を上り、広いテラス部分に立って周りを見回した。  ここはいわゆる別荘地らしく、来るまでに立派な建物や可愛い建物をいくつか見かけたが、ココに立てばどれも直接目に入らないようになっている。適度な距離を置かれ、それぞれが木立などで自然に隔てられているのだ。  改めて感心しつつドアを開いて中へ入り、室内も改めて凄いと感じる。  吹き抜けの下に設えられた暖炉は、あの夏の日は無用のものだったが、おそらく今夜なら火を入れて暖を取れるだろう。しっかりと組まれたログの階段は2階へと続いて、そこに続く廊下のような部分に、やはりログの手すりがある。  あの日、あそこから下を見下ろして、帰らなければならないと何度も自分に言い聞かせた事を思い出し、少し切なくなっていると、ドアが騒々しく開いた。  淳哉が車から荷物を降ろして持ってきたのだが、せっかくの閑静な雰囲気がぶちこわしだ。 「まったく、少しは静かにできないのか」  文句を言う透に「まあまあ」などと適当な声を返しながら、さっそく開いたのは二泊三日にしては大きすぎるスーツケースである。 「透さん、早速だけどコレに着替えて」  取り出したのは、スーツカバー。刺繍の銘が入っていて、なんだか高そうだ。 「……なんだ?」 「なんだって、やだなあ。スーツ作りに行ったじゃない」  ―――そういえば旅行に行くという話をした次の日に、『テーラー能勢』という所に連れて行かれたのだった。 「いらっしゃいませ」  白髪混じりの男性に出迎えられたそこは、テーラーというからには紳士服の店なのだろう。こじんまりと見える店構えに反して中はかなり広く、なにもかもがどっしりとして落ち着ける空間だった。 「能勢さん、この人なんだ。かっこいい感じにしてよ」  淳哉が言うと、「かしこまりました」と丁寧にお辞儀した職人は、気後れを感じて挙動不審気味の透に柔らかな笑顔を向け、「失礼いたします」と言いながら、身体のあちこちのサイズを測った。  それが終わるとソファに導かれ、コーヒーを出されて淳哉と並んで座った。  そこに能勢さんが生地見本を持って来て膝立ちになり言ったのだ。 「デザインのご希望は?」  そんなこと聞かれても、まったく分からない。 「うーん、ブリティッシュのカチッとした感じでさ、明るい茶系とか良いと思うんだけど」  などと勝手に言い出した淳哉と能勢の二人で話し始め、やけに盛り上がってたのでほっといた、ということがあったのだった。  すっかり忘れていたが。  そもそもオーダーメイドのスーツを自分が着るなんてまったく実感が湧かない。デザインが決まってから能勢が言った仮縫いとやらもしてなかった。  だいたい、こういうものは出来上がるのに時間がかかると聞いてたし、もっと段階踏むものだと思っていたのに、もう出来たのかと驚いた。 「早くしてってお願いしちゃったんだよね。どうしても今日、着て欲しくてさ。ホラすぐ着替えて。早く早く」  急かしながら淳哉がカバーからスーツを取りだす。  出てきたスーツは以前着ていた吊しのスーツとは全く違っていた。確かにきれいだと透も思う。  ベージュに細かいチェックのスーツはサイドベンツの細身で、ラペルは広めのアメリカントラッドスタイル。……と淳哉は言ったが、何のことか分からない。  それから淡いオレンジ色のシャツや、深い緑のドットタイも出された。靴下も深い緑で、ベルトは茶色の革。靴も茶でぴかぴかだ。それらも渡され、急かされるまますっかり着替え終えると、ネクタイを直されて鏡を見せられた。 「うん、やっぱり透さんはこういう色が似合うよ」  満足げに淳哉は言ったが、似合うのか? と透は自問した。 「いやこれは派手だろう」  気後れのまま言ったが、淳哉はまったく気にせず嬉しそうに続ける。 「動いてみてよ。肩動かして? そうそう腕上げて、歩いて。ソファに座ってみて。あ、座る時はジャケットのボタン外してね」  言われるままに体を動かすと、身体にピッタリと合っているのに動きやすく、生地がしっかりとしているのに軽い。これがオーダーメイドスーツの着心地かと感心していると、淳哉は満足そうに笑った。 「僕はブリティッシュスタイルの方がいいと思ってたんだけど、アメリカントラッドで正解だったね。能勢さんグッジョブ!」  そう言って満面笑顔でサムズアップを出された。  気後れが無くなったとは言わないが、淳哉が嬉しそうなので、まあいいかと透は諦める。淳哉が服を見繕うようになってから、周りの評判がすこぶる良いのだ。もともとセンス良いのは知っていたので、この頃は諦め半分で任せていた。  それよりいつの間にか淳哉も光沢のあるブルーグレイのスーツに着替えていて、思わず惚れ惚れと見つめてしまう。いつもかっこいいが、今日のいでたちはいつもに増してパリッとして、ちょっとフォーマルな感じだった。  見とれているとニッと笑った淳哉に「じゃあ行こうか」と手を引かれる。 「え、おい、こんなめかし込んで、どこ行くんだ?」 「食事だよ」 「めし?」 「そう。予約してあるんだ」 「だっておい、こんな山の中で……」 「まあまあ」  なし崩しに車に乗せられてしまったのだった。

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