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二部 最初の学校4
学校での生活が落ち着いてきて、淳哉は持ち物を充実させたいと考えた。
マウラは必要なモノを揃えてくれたけど最低限って感じで、同級の連中は持ってる高級なモノをこれ見よがしに自慢するのでイラッとしたし。金は好きなだけ使えるのだから、まずは服や鞄、靴など高価でカッコイイものを買い足した。
次はなににしようと考えて、まず本を探した。大好きで何度も読んだ本。
でも同じお話でも絵が違ったりするとがっかりしたし、読んでみてもあまりワクワクしない。
持ってたのと違うからだと考え、まったく同じのが欲しくて、思い出そうとしたら頭が痛くて、やな感じだったから思い出すのをやめて、適当にいろいろ買った。けどなんかつまらなくなって、ぜんぶ欲しいと言ったやつにあげた。
ゲームもそう。DVDもそう。それからも思い付いたものをいろいろ購入した。けれど同じのを買ったはずなのに、なんかすぐつまんなくなる。
(おかしいな、すごく楽しくなると思ったのに)
でもなんでそう思ったか思い出そうとすると、やっぱり頭が痛くて気分悪くなる。だから思い出そうとするのは、もうやめようかな、なんて思い始めていた。
そんなふうに思い出した中で、最後に手に入れたのはグローブだ。
ユキヤにもらったことも、すごく大事にしてたことも、なんとなく覚えてた。だから絶対欲しかった。
探して探して探し回ったけど、日本のメーカー、しかも子供用なんて、なかなか見つからなくて、しかたなく同じモノは諦めた。似た感じのにしようかと思ったけど、ちょっと違うとイラッとするから、違っても良いから一番高いのにした。
きっと前持っていたのより、ずっとイイ感じなんじゃ無いかと思って期待してみる。選ぶのに時間がかかったし、特注品とかだったから届くまでずいぶん時間がかかってしまった。
待っていたグローブがやっと届いたと聞いて、淳哉はちょっとうきうきしている自分を感じた。こういうのは今まで買ったものでは感じなかったので、コレは違うと思うと期待が高まり、早速包みを破ってグローブを手にはめる。
ギュッと球をつかむ感じに曲げて、こぶしでパンパンと打ってみると、ワクワク感が高まってく。これは今までとゼンゼン違う。
けれど買ったばかりのグローブはまだ革が固くてしっくり来ない。前持ってたのは、もっとイイ感じになってた気がする。早く馴染ませなくちゃ、と思った。
なのでそれまで考えていた予定をぜんぶやめることにして、手にはめたまま寮を出た。少しでも早くあの感触にしたい。
グローブを動かしたり拳で打ってみたりしながら寮を出て、壁打ちできそうな場所を探してたら「おい、おまえ野球やるのか」声をかけられた。
ブロンドに緑の目、そばかすいっぱいの愛嬌ある顔。別の寮だけど、クラスで時々一緒になるから顔は知ってる。けど名前が……。う~ん覚えてない。だから「うん、少し」とだけ答えた。
「ならやるか? キャッチボール」
「ああ、うん」
そう答えたら「OK、ボール持ってくるから待ってろ」と走っていった。しばらく待ってそいつと近くの芝生へ行く。
最初はうまく受けられなかった。
「ごめん、失敗」
「気にするな」
けど少しずつ思い出してきた。そうだあの時ユキヤがこう言った。ちょっと頭がズキンってしたけど、思い出した通りにすると、うまくいく。
「ヘイ! いいぞ!」
「あたりまえ」
そいつの名前を思い出せないまま、淳哉はキャッチボールを続ける。
うまくキャッチできるようになり、だんだん思うように投げられるようになったら、どんどん楽しくなってきた。するとそいつは緑の目を楽しげにきらめかせ、ニッと笑って「へえ~」と感心したような声を上げた。
「おまえ女みたいだと思ってたのに、けっこうやるな」
けどその言葉は納得できない。淳哉はムッとして「女みたいだって?」と感情をぶつけるように強いボールを返す。ボールを受けたそいつが「ワオ」と言って笑い、投げ返してくる。
「怒るなよ。だっておまえ、ザックやビル達といつも一緒だろ? あいつらのいいなりじゃん」
「いいなり? なんだよそれ」
「だって、あいつらの言う通り女の子に『先輩は優しいです』とか言ってンだろ? 嘘ばっかじゃん」
イラッとして投げる肩に力が入り、ボールが大きく逸れた。
そいつが「Hey~」と両手を挙げ、ボールを追うのを見ながら、淳哉はグローブを外して回れ右した。
「ヘイ! どうした、やめるのか?」
声が聞こえたけど無視して、イライラしながら寮へ帰る。
(言いなり? 女みたい? バカじゃん。僕があいつらを利用してるんだ。気づけよ)
けど気づかれないように芝居してたわけだし、狙い通りとも言えるわけで。
ますますイラッとして、部屋に入ってすぐ、グローブを床に叩きつけた。
「ジュン、どうした?」
デイブが声をかけてきた。こいつはいつも昼寝ばっかしてるぐずで、いつもお菓子で言う事を聞く。
「新しいグローブだ! いいな、買って貰ったのか?」
ますますイラッとして、ギッと睨み付ける。
(買って貰っただって? いったい誰が買ってくれるっていうんだ)
『ユキヤからのプレゼントよ。開けてごらんなさい』
唐突に頭に響いた、女の人の声。優しい声。
包みを破って出てきたグローブに声を上げた自分。
(そうだよ、めっちゃ嬉しかった)
―――あの声は、たぶんお母さん。
頭がずきずきする。
『5歳おめでとう! 本当はきちんとお祝いしたかったのに行けなくてごめん。今度行ったら必ずキャッチボールしよう。練習しておけよ』
思い出したのはメッセージ。絶対上手になっておこうと思ったこと。
(そうだ、ひとりで壁相手に練習したけどうまくできなくて、ユキヤが来た時、教えてもらったんだ)
―――そう、教えてもらって、それで、………それで……
だんだんアタマはガンガン殴られてるみたいに痛んでくる。
(くそう気分悪い)
―――それで。……思い出せない。
すごく嫌な気分になって、淳哉はデイブに言った。
「それ、欲しかったらやるよ」
「え、いいのか? だって買って貰ったばかりだろ?」
「うるさいな。いらないなら捨てろよ」
「いや、もらうよ! ありがとう!」
デイブがグローブを拾うのを見てたら、またイラッとして、淳哉は部屋を飛び出した。
(なんであんなの欲しいなんて思ったんだろう)
頭がずきずき。くそう、痛い。胸がむかむかする。
(いらない、あんなのぜんぜんいらない。欲しかったのとぜんぜん違う。違う! 違うっ!)
『 ………XXXが 』
頭の中に、低い銅鑼 の音のような声が響いた。
ずきんずきんずっきん
なに言ってるか分からないし、頭はひどく痛い。
『 XXXXXば…… 』
頭が割れそう。いやだ聞きたくない。黙れ!
『 ……おまえが、いなければ…… 』
淳哉は両手で耳を押さえて、大声を出した。
そうすれば、頭の中の声が消えると思った。けれど消えなくて、頭はどんどん痛くなってく。
ひたすら金切り声をを上げる子供の周りには人だかりができた。
その中に、さっきキャッチボールしたやつの顔もあった。
そいつは目を見開いて、こっちを見てる。
「見てるな、あっち行け」
そんな風に言ったような気がして、世界はいきなり真っ暗になった。
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