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二部 Lovers-10
以前来たときも使ったマイセンのポットを取りだし、ティーカップやミルクピッチャーなども出した。
やはりブルーオニオンでここまで揃っていると感動するな、と思いながらざっと洗い、カップを温める用意をする。前に来た時はそんな余裕がなかったので、せっかくだから楽しみたい。
「あれ、紅茶? 酒は? 透さんの分もグラス用意したよ」
さっそく酒を飲みながらやってきた淳哉が不満げな顔をする。
「うるさい。俺はこのセットを使いたいんだ」
「え~、せっかくイイ雰囲気なのに~」
その雰囲気をぶちこわしにしそうだったのはおまえだろうが、とため息をつきながら
「いいんだよ。お湯が沸くまでコレ飲んでるし」
ペリエのビンを上げると、途端に機嫌良い笑顔になる。
現金なやつめ、と思い、透も自然に微笑んでしまう。
すると淳哉は酒のグラスを持ったまま隣に来て、髪にキスを落とした。知らぬフリをしていると、腰に腕を回して抱き寄せようとするので、透はその手をペチンと叩く。
「ええ~」
「お湯が沸いた。危ないぞ」
不満げな声を上げる淳哉に素っ気なく言ってケトルを取り、ポットとカップを温める。すると淳哉は後ろから緩く抱きついた。これは動きを妨げない程度なのでほうっておくと、肩口に顎を乗せるようにして透の手許を覗き込む。
こいつは透がキッチンでなにかすると、いつもこうする。まったく大した甘えん坊だ。
淳哉は最近、作った笑顔ではないと感じられる、自然な表情をよく見せるが、さっき自分で言った通り常に楽しそうだ。無理をしてとか、気を使って、そんなフリをするような奴ではない、というのは分かってきていた。こいつは尋常じゃなく面倒くさがりなのだ。
先輩の間宮も『面倒くせえ』が口癖なのだが、淳哉はそのセリフを言うのすら面倒なようで、いつも適当に笑って誤魔化して、やりたくないことをやらずに済ませようとする。
「俺は誤魔化されないぞ。ちゃんとやれ」
透は意識して指摘するのだが「だって面倒じゃない」言いながらキスしたり抱き締めたり、甘えて誤魔化そうとする。
とはいってもやること全てがいいかげんというわけではないのが不思議だが、こいつの持つアンバランスなバランスは、そんな不思議さもこいつらしいと、透に思わせるのだった。
人当たりの良い顔をしながら、心の中に張り巡らせた障壁は崩さない、だれとでも朗らかに話をするのに、関係を深めようとしない。姉崎淳哉という男は、そんな矛盾をいくつも抱えている。
まず面倒だという割には、基本的に嘘を吐かない。おべんちゃらも言わないし、言っても許されると判断したら、かなり歯に衣着せないことをはっきりと、笑顔に乗せて言う。腹の中にある言葉を偽らないのだ。
かと思うと、問いをわざとはぐらかし、ありえない答えを返して真の返答を与えずに済ませようとする。
当然、バカにするなと怒る者も居るし、若僧めと侮 る者も居る。どうせ、と諦めたように距離を置く者も居る。そんな態度だから、本当のことを言っていても信用されなかったりもする。
こいつを見ていると、正直が美徳とは言えない場合もあると実感する。わざわざ人を怒らせているとしか思えないし、かえってことを面倒にしているようにも見える。
ある程度は話を合わせた方が角が立たないこともあるんじゃないかと言ってみたが、『だってやなんだよ』と当然のような顔で返された。
『心にもないこと言ったって、後でぜったい齟齬 が出るでしょ。誰になにを言ったか、いちいち覚えて帳尻あわせるとか、面倒じゃない。言わないのは嘘じゃないしさ、適当なこと言ってるって分かれば、それ以上つっこまれないし、その方が楽』
おそらく昔のことを話さないのも面倒だから、とか、そういうことを言うんだろうな、と透は思う。
けれどやっぱり聞きたい。紅茶を煎れる準備を進めながら、背中に愛しい体温を感じながら、そう透は思う。このひねた男を、自分の前だけでも素直にならせてやりたい。そんなふうに、姉崎淳哉という男の真実を知りたいという欲求は、日に日に強まるばかりだった。
これだけ分かりやすいアプローチを受け続ければ、透も自分に向けられた感情を疑うことはできなくなっている。そこから、もう全部晒してしまえばいいのだ、と考えは進んでいたが、自分などがそんなことを、と怯む部分があった。そもそも、いつ死ぬか分からない体で、そこまで求めるのは強欲に過ぎるし、この感情は自分のエゴかも知れないという自覚もあった。だから今まで口に出して問えずにいた。
けれど今日なら聞いても良いように思う。
それにさっき、ほんの一部だが淳哉は話したのだ。自宅ではない、ホテルでもないここなら、許される雰囲気があるように思う。今ならさっきの続きということにならないか、と思い、ポットの湯を捨てながら、透はさりげなく聞こえるよう、声を出した。
「なあ。さっきの話だけどさ」
「ん? さっきって?」
ポットに茶葉を入れて、勢いよく熱湯を注ぐ。
「子供の頃、その学校に行ってから、なにがあったんだ?」
「ええ~、またソレ?」
湯を満たしたポットに蓋をしてティーコゼーをかぶせ、透は間近にある恋人の顔を見た。淳哉は分かりやすくむくれた顔をしている。この表情も演技かも知れない、と思いつつ、透はわざとぞんざいに続けた。
「いいから言っちまえよ。俺に話してもすぐ復活すんだろ?」
「もう~、わがままだなあ」
「どっちがだ」
おまえにだけは言われたくない、と思いつつ、「いいから話せ」ともう一度言うと
「じゃあキス。濃厚なやつ」
そう言って顔を近づける恋人に、透は「おまえなあ……」と呆れて見せたが、
「いいじゃない。キスで教えてあげるよ」
ニッと笑みを向ける恋人に、溜息を吐いて見せてから、透は目を閉じる。
すぐに唇が重なった。それは貪るようなキスで、執拗に重ねられる口内の愛撫に呑まれそうになりながら、透は恋人の背にしがみついた。男の逞しい腕が透をきつく抱きしめる。
弱い自分を絶対に見せようとしない恋人が、こんな時だけ正直なのだと透は知っている。その腕は透を抱き締めているが、同時に縋るようでもあったのだ。最初に寝たときと同じように。
(やっぱりコイツ、怖いんだ)
そう悟っって自分からも舌を絡ませ、積極的に口づけに応える。
甘え上手に見せて、肝心なところではまったく人に甘えていない恋人が愛しくて可愛い。好きなだけ甘えさせてやりたいと思う。その気持ちを口づけに込めて、伝わればよい、と願った。
やがて唇を浮かせた恋人は、透の髪に頬を擦りつける。甘えるような仕草に、まだ躊躇っているのを感じて、透は声を励まし命令した。
「ほら、話せよ。聞いてやるから」
「うーわ、偉そう」
笑う声で囁いた後、恋人は溜息を吐いて透をまたきつく抱きしめる。
「……たいしたことなんてなにもないんだ。ちょっとしたことならあったけど」
「そうか」
そう答えると、淳哉は腕の力を緩め、苦笑を浮かべて透を見る。微笑みかけた透は、キッチンに向き直り、ポットに手をかけた。するとさっきまでのように背後から緩く抱きついた淳哉が、肩に顎を乗せた。
「……コンコードの学校に行って、しばらくはなにごともなくやってたんだけどさ……」
声を聞きながら、透はカップに紅茶を注いだ。
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