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三部 ジュニア・ハイ-5
生徒はこの学校により守られ、管理されている。
寮生活というプライバシーの少ない環境で、正しい生活態度を取ることを求められながら、成績という結果を出さなければならない。それぞれ努力を重ね鎬 を削り、そしてある意味、互いに監視しているような部分もある。
そんな中、淳哉の個室でならば、かなりの自由があった。
集中すると周囲に無関心となる部屋の主が、ひどく面白がりだったからだ。
この中であれば、誰もなにも言わない。先輩に注意されることも、頭の固い奴にチクられることも無く、好き勝手に過ごせるここは、気の合わない同室がいる三人部屋より居心地が良い。
とはいえ、誰もが無制限に自由を謳歌できたわけではないし、この状態に落ち着くまでには若干時間がかかった。
淳哉はたいていアルカイックに笑っているが、この部屋で気にくわない言動をした者が、部屋で長居することを好まなかったし、
「用はそれだけ? じゃあもう用事は終わりだね、バイバイ」
などと美しいと言われる笑顔で追い払おうとした。それはたとえば、風紀を乱さないか監視しようとする者だったり、先輩だからと高圧的な態度で来る者だったり、阿 る心根が透けて見える者だったり。さらに淳哉の容姿や財力により利益を得ようと考える者も少なからず存在した。
彼らは当然のように淳哉の個室へやって来て、受け容れ従うのが当然と信じているようだった。
『こんなことを言うのは君のためだ。むしろ自分たちを拒否することは不利益にしかならないのだから考え直した方が良い』
これが社会というモノだと、彼らが信じるモノを、まだ幼くて理解していない淳哉へ、親切顔で教え諭そうとする。だがそれは悉 く成果を得られなかったのだった。
ニッコリ退室を促すのみではあるが、いつもにこやかで、きれいな顔した優等生が、実はかなり我が儘で自分本位で、なにげに高圧的であることが知れ渡るまで、さほどの時間は必要としなかった。
薄ら笑いで、あるいは怒りを露わにして部屋を出て行った者たちが、悪し様に噂を広げたので、淳哉を批判する声は常に存在したし、目の敵と認識する者も少なくなかった。
そんな経緯を経て、二ヶ月ほど経った頃には、部屋で自由を謳歌するのは五名のみになった。
小太りで気の良いデニス、フットボールが大好きなのに細くて小柄なケニー、言動は軽いが裏表の無いキース、部屋でひたすら本を読んでいるリック、そして空手をやっている留学生、フランツ。
週に二回の家庭教師が来る日以外は、そのうちの誰か、あるいは全員がここに居て、消灯時間を目安にそれぞれの部屋に帰っていくようになった。
『理解力が足りないんじゃない? 可哀想に』
『顔見てると気分が悪くなるよね、ああいう馬鹿って』
出て行った者に投げつける言葉は、毒と言うにも無邪気すぎる言動で、あくまで笑顔だった。
『またなんか言ってる』
『ほっとけ』
『言わせとけ。ただの露悪趣味だ』
彼らは淳哉の表情に騙されず、かといって恐れて阿るでもなく、笑い飛ばすか無視を決め込んだ。
だが彼らにとって確かに居心地は良いこの部屋はかなり乱雑で、くつろげる空間とは言い難い。
淳哉は欲しいと思ったらなんでも、手段を選ばず手に入れるので持ち物が多い。その上ここに集う五名も、それぞれ自分の物を持ち込むので、広いとは言え一室でしか無い個室は、常にモノで溢れかえっている。にもかかわらず、部屋の主が整理整頓に無関心だったのだ。
というかここに来て以来、淳哉は一度も部屋の掃除をしていなかった。それでも『乱雑』程度で済んでいるのは、淳哉以外が片付けるからだ。
この学校で最も古い建物のひとつである五階建ての最上階に、淳哉の一人部屋がある。
他に個室が十部屋あり、うち八部屋は元々、上流子弟の専用部屋だったらしい。残る二部屋は勉強部屋とPC部屋で、これらは本来、ここに住む学生の召使いの部屋だったと聞いた事がある。主 は個室で、召使いは四人部屋だったというわけだ。
ともかく、なにしろ建物が古いので、油断するとネズミが出没するのだが、デニスが持ち込んだお菓子はしょっちゅうネズミに囓られる。するとデニスは「汚ねえからだっ!」と怒り狂いながら片付け始めるのだ。
デニスは基本的に優しい少年だったが、太っちょで動きがニブイ。なのに意外にも掃除の手際はてきぱきしてて、それをケニーやキースが手伝い、ものが多いなりに整った清潔な状態にする。
そんなわけでそこそこ保っていられるわけなのだが、片付けている間に「これ捨てていいか」と聞かれると淳哉はあっさり頷くし、「いらないならくれよ」と言われても「いいよ」と言うだけだ。
一度デニスが、片付けながら「なんでいらないもの買うんだよ」と聞いたことがある。
「だって欲しいと思ったんだよ」
こともなげに返す淳哉が、金銭的に困っていないと言うことは分かったが、なぜ多くのものを手に入れたがるか、理由は分からなかった。高価な物や珍しい物をたくさん持っているわりに、淳哉がどれにも執着していないことに、みんな気づいていたが、その理由は誰も知らなかったし、敢えて知ろうともしなかった。
部屋で淳哉は、本を読んだり書き物をしたり、独自の方式で書いたメモを見て暗記をしていたり、筋トレをしたり、と一瞬もぼーっとはしていない。リックとフランツも、たいてい自分のことに没頭していて、掃除中も「邪魔っ!」「ちょっとどけろ」と言われれば動く程度だ。
勉強や身体を鍛えるなど、尋常で無い努力をしながらも、集中していないときの淳哉が陽気で、適度に下世話で下ネタ好きなのも、仲間たちは気に入っていたし、彼らはただ、このメンバーで遊んだりしゃべったり、同じ空間で過ごすのが楽しかった。
それで十分だったので、気の合う仲間と過ごす時間を優先したのだった。
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