45 / 97

三部 ジュニア・ハイ-6

 AVを見ていたキースが、経験談を語りあおう、と言いだした。  こいつはエロい話が大好きだ。  DVDとか本とか、とにかくエロいものを誰よりたくさん持ってて、いつも自慢してるけど、自分で買ってるわけじゃなく、三人いるお兄さんからお下がりをもらえるからだってことを、この部屋にいるみんなは知ってる。  とにかく、目を爛々と輝かせたキースは「おまえは? 初めてエッチどうだった?」なんて一人一人に聞いたんだけど、 「オーマイガッ! なんで全員チェリーなんだよっ」  天を仰いで呆れたような大声をあげ 「キスならしたことあるけど」  お菓子を食べながら言ったデニスに怒鳴り返す。 「キスだって?! ガキかよ!」 「うるさい」  アニメのDVDを見ながらフランツが淡々と呟き、分厚い本を読みながらリックは肩を竦める。 「去年まで俺ら児童だぞ。セックスしたって犯罪被害者扱いになるのがオチだ」  淳哉は、ヒュー、と口笛を吹き「おお賢い。さすが」と囃した。  リックはすごく頭が良いし、いろいろ知ってる。まったく勉強してないように見えるけど、物理や数学なら十二年生(高校三年)にも負けないだろう。  しかし茶化す淳哉を無視して、ケニーがスクワットしながらに言った。 「ていうかおまえだってチェリーのくせに」 「だって知りてえだろ」 「俺はヤリてえ……」  デニスが切なく呟くと、キースはみんなを見回しながら言った。 「つうか初めて同士って悲惨らしいぞ」 「悲惨? なんで」  デニスが問うと、キースはニヤニヤと説明する。 「うまくやれないと痛がって女の子泣いたり、かなりきまずいんだって。だから年上の……」 「年上の女か!」  デニスの声に、ケニーが応え、スクワットをやめる。 「そうそう! 年上のだよ~。ぜったい痛がらないし、むしろ気持ちイイんだって、俺聞いたぞ」  おお、と声漏らしつつ、みんな一斉に手を止めた。 「気持ちいいんだ……」 「えっ、なになに? よがるってこと?」 「経験してるひとに、教えてもらうんだよ」 「教えてもらうって、えっと、やり方とか?」 「気持ちイイやり方かよっ! うわヤリてえ‼」  くちぐちに呟きながら、みなやっていたことをやめて自然に集まり、床に輪になって座った。 「そっかー、年上かー」 「なるほど、どうしたら気持ちイイとか、年上なら知ってるというわけか」 「けどなんつって聞くんだ?」 「……お姉さま、ぼく初めてなんだ、教えてよ」  上目遣いに甘えた声を出す淳哉は、次の瞬間、一斉にアタマを小突かれる。 「それおまえじゃなきゃ使えねえワザだろ!」 「やめろやめろ俺らにその目つき」 「つうか、凶悪だな!」 「リーサルウェポンか!」  邪険な一斉攻撃を浴び、淳哉はいったん避難する。 「へえ~、兄貴三人もいると、そういう情報入っていいな」 「いいことないって、ぜんぜん。兄貴なんてぜんっぜん使えねえよ」  キースが吐き出すように言って、みんな微妙に笑う。いつも兄貴の悪口ばかり言うのだ。 「ていうか誰だよ、年上が気持ちイイとか言ったの」  リックが言うと、キースはニッと笑った。 「マット。十年生のフットボールの」 「おお~、あの無駄なマッチョ」  乱れた髪を直しながら戻った淳哉が半笑いの声を出した。 「でもあいつ、ヤリまくってるって」  みんなを見回しながら少しだけ笑ったキースの声に、すぐに食いついたのはデニスだ。 「マジか! まくってるって、彼女と?」 「んなわけねえじゃん」 「え、じゃあ何人もとヤッてんのかっ!」 「決まってんだろバカ」 「うらやましい! うらやましすぎる‼」 「おまえ欲望に忠実すぎるぞ」  淡々とケニーがツッコむが、デニスは気にしない。 「やっぱフットボールもてるんだ~」 「合気道じゃダメ?」 「アニヲタよりましかな」 「えっ、そんな程度っ?」 「おい俺をネタにするな」  黙っていたフランツが、憮然と口を挟んできた。  アニメ好きなんだろ、文句言うな、とみんなにつっこまれても、聞こえていないように淡々とした口調のままだ。 「なんでマットが無駄なんだ」 「え、そこつっこんでくる?」  淳哉が声を上げると、リックが鼻を(うごめ)かしながら言った。 「フットボールやってるし顔もまあまあだからモテるけど、ただのバカだろ」 「あいつ腹立つ」  ケニーが鼻を鳴らした。こいつはフットボールにうるさい。選手になるのが夢だけど、この中で一番身長も低いし、この間声変わりしたばかり。細くて小さいのを気にしてるけど、誰よりすばしっこい。 「バカすぎて試合で失敗ばっかりだし。あんなの試合に出すなよ」 「でもよ、ガタイいいだろ」  デニスは筋トレを欠かさない筋肉オタクだ。Tシャツの袖をまくって力こぶを作り、がっかりしたように腕を隠した。 「デカイし胸板厚いし、腕なんてこーんな太いんだぞ」 (デニスもじゅうぶん腕太いと思うけど。まあそれ以外も太いけど。つまりちょっと太ってるけど)  そう思いながら淳哉は唇を尖らせた。 「でもやたら威張るし、やなやつだよ」  先日マットに「どけチビ」と言われたのを根に持っているのだ。 「あんなのがモテるなんて、女はバカだ」  淳哉が憤然と言うと、キースがニヤリと笑った。 「ばっか、女がなんであいつがいいかなんて、アレが凄いからに決まってんだろ」  一瞬、沈黙が落ちて、みんなの視線がキースに集まる。 「……すごいのか」  押し殺したようなケニーの声に、キースはニヤニヤとみんなを見回して、自慢げに言った。 「シャワー室で見たんだ。同じ寮だからな。マジですげえぞ」  なぜかひそひそ声になるキースに釣られたように、みんな顔を寄せてひそひそ声になった。 「すげえって……」 「どんくらいだよ」  リックとフランツが押し殺した声でほぼ同時に向けた問いに、キースはまたニヤリと笑う。 「……こんくらい」  キースの示した大きさに、全員息を呑んだ。  申し合わせたように、それぞれ自分の股間に目をやってすぐ目を逸らす。ゴクリと誰かが唾を呑む音が聞こえた気がした。 「……うっそ」 「ありえない」 「それ人としてアリか?」 「マジか……」 「見たんだって」  重ねて言うキースの腕を、リックが「一度聞けば分かる」と叩いた。 「ていうか、デカけりゃ良いのか女は」 「そりゃデカイ方が良いんじゃねえの」 「ええ~、そこはテクで持ってくべきじゃ?」  そう言った淳哉に全員の視線が集まった。 「……だ、だって、天然の素材より努力が報われる方が」  もそもそ言い訳すると、デニスがじっとりと横目を向ける。 「テクって、いきなりできんのか」 「そこは学習する感じで」 「学習って、どこですんだよ」  キースがバカにしたような顔で言ったので、淳哉はムキになる。 「だから、年上の、経験豊富なひととさ」 「最初に戻ったな」  フランツが淡々と言う。  だがさっきの興奮が後を引いて、鼻の頭には大粒の汗が光っていた。他の面々も同様で、赤くなった顔や汗ばんだ顔が並んでいる。  ケニーがやけに強い目で淳哉を睨んで言った。 「……じゃあヤッてこい」 「えっ」  みんなの注目を浴びて、淳哉は真剣に焦った。 「や、ヤッてって、だ、誰と」 「だからさっきのワザだよ」 「教えてよ、てやつ」 「うん、あの顔なら、いける」 「女は顔で騙せる」 「顔だけ見たら、こういうやつだと思わないもんな」 「こういうやつって、どういうやつだよっ」  くちぐちに言われ、淳哉は小さく声を上げたが、きっぱりと無視された。ケニーが声変わりしたばかりの低い声で再度言う。 「……ヤッてこい」 「えっ、いや、そんな」  みんなの妙にギラギラした視線を浴び、どっと全身に汗をかいた淳哉は、抗弁を試みる。 「そもそもテクを磨くって話で」  しかしまたもきれいに無視される。 「顔は資源だぞ。ヤッてこい」 「教えてもらえ。そして俺たちに教えろ」 「実体験を聞くのはいいな」 「うん、その方が実践的だ」  くちぐちにみんなが言うなかで、ケニーだけが強い視線を淳哉に向けたままだ。 「そんで、俺らに誰か紹介しろ」 「そこかよ!」  悲鳴じみた淳哉の大声で、顔を寄せていた輪が崩れ、なぜか全員が大きく息を吐いた。  そこから通常音量の会話に戻る。 「だってジュンが一番相手見つけやすいだろ。顔でモテるんだから」 「俺クラスでおまえのこと聞かれるぞ」 「俺も。適当に流すけどな」 「あっ!」  唐突に声を上げたキースにみんなの目が集まった。 「ジュン、おまえすぐヤれるぞ!」  キースは人差し指を淳哉に向けながら興奮気味に続ける。 「いただろ! ほら、十一年生の、赤毛の‼」 「……ああ、演劇部の」  フランツが頷きながら呟いた。みんなもくちぐちに言い出す。 「胸デカイ」 「お尻も」 「道場にも来てた」 「クラスにも来てる。あれジュン狙いだろ」 「そんなの俺らいねえし」 「使える。その赤毛は使える」 「そうかもだけどっ!」  みんなの視線が痛すぎて、淳哉は思わず声を張る。 「名前も知らないよ!」  間髪入れず、全員の声が揃った。 「「「聞けよ‼」」」

ともだちにシェアしよう!