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三部 ジュニア・ハイ-7
彼女は端役をやっていても目を惹くのだとキースが言っていたけれど、淳哉は演劇部の公演を見たことがなかった。
なんとなく苦手な雰囲気をい感じていたからだ。
みんなが言ったように、いつも熱っぽい視線を向けてきてるのは、もちろん気づいてる。なのに目も合わせないようにしていたのは、本能的なものかもしれない。なんとなくだけど、やばい感じ満々で。
アリシアは胸も尻もデカイのに太ってなくて、まあ、そそるスタイルをしている。そこはいい。それで目を惹くのは分かる。
髪は濃いオレンジみたいな赤毛で、淳哉には染めてるとしか思えなかったけれど、彼女はたいてい複雑に結った構造不明な髪型をしていた。アレにどれくらいの時間を費やしているのか、時間の無駄にしか思えない。さらにフリルがいっぱいついたロマンティックな感じの服をいつも着ていて、あきらかに周りから浮いているのだが、周囲の視線も陰口も気にしてないようだ。逆にわざとらしいほど浮き世離れした言動をするので、そういう個性だと納得されてるようにも見える。
つまり彼女、アリシア・コーンウェルは、良くも悪くもすごく目立つ女の子なのだ。
淳哉自身、望んだわけではないが顔と名前は知られてるし、開き直って目立つの嫌いじゃ無いとか言ってるので、彼女も似たような感覚なのかもとは思うけれど、だとしても出来れば関わりたくないと思っていた。
なのに昨夜、とにかく声をかけろ、名前を聞いて親密になれ、次のチャンスを逃がすなやるんだと寄って集って言われてしまって、どうしようかなあ、などと考えつつ、淳哉は今日も合気道の稽古で道場へ来ていた。
練習中はTシャツに紺袴を履いている。最初は難儀したが、袴もだいぶ慣れたし、むしろ気合いが入るから、試合とか時間があるときはちゃんと上下、胴着を着る。
しかし汗を拭きながら外へ出ると、今日は道場の前にはフランツがいた。空手の練習が始まる時間なのに道場に入ろうともせず、じっと監視の目を向けている。淳哉の視線を受けるとくっきりと頷いて、くいっと顎を振り、“行け”という意思表示。
(なんなんだよ)
思わず半目になりつつ、いつも通り出待ちしてるアリシアが少し離れたベンチに座って見てるのをチラッと見る。このままスルーしても、またみんなに言われるだけだ。
(くっそー。ここで逃げたら負けだ)
それに正直、セックスへの興味は人一倍あった。やらせてくれるんならなんでもいいか、という気持ちもあるし、彼女の豊かな胸は、かなり魅力的だ。
淳哉は自分に気合いを入れ、練習着のままベンチへ歩み寄ってニッコリ笑いかけ、声をかけてみた。
「やあ。いつもここにいるよね」
さっと立ちあがった赤毛は、ぱあっと表情を明るくした。身長は淳哉とほとんど同じ。
「ああ、嬉しい、ジュン」
演出過多気味に少し声を震わせた彼女は、豊かな胸の前で両手を組み、夢見るような眼差しを向けてくる。そうすると胸が盛り上がり、谷間が強調された。視線はすっかり谷間に釘付けだ。
「私アリシアよ。ずっと待っていたの。いつか私に気づいてくれるって分かってた」
聞かずとも名乗った演劇部の、芝居がかった声はすごくよく通る。
無用な注目を簡単に浴びそうで、うーわ、と引き気味になりつつ、なんとか谷間から視線を引きはがして、ニッコリと笑い返した。
「前から君には気づいてたよ」
「本当に?」
潤んだヘイゼルの目を向けられて「うん」と答え、淳哉は目を伏せる。傍目 には照れている少年と見えるが、目が胸の谷間に戻っただけだ。
「ああ信じられない !」
やたらテンションの高い声に、彼女の顔を見返し、淳哉はニッコリと笑った。
「プリンスが私を見つけてくれた!」
通る声とプリンスという単語に、完全に引いた。なんだよプリンスって、と淳哉はげんなりしたが、しかし笑顔をキープして彼女の瞳をじっと見る。
「君の目ってヘイゼルなんだね。とてもきれいだね」
とにかく話題がなくて、とりあえず言ったセリフはすっかり棒読みになってしまったのに、アリシアは頬をふんわりと紅潮させ、さらに目を潤ませた。
「……どうしよう」
それはこっちのセリフだ、と思いつつ、「ステディになれるのね」とか言い始めた彼女に、そうじゃないということを分からせたいと必死に考え、攻撃的な言い方にならないよう言葉を選び、話を逸らそうと話題を探し、なのに会話が噛み合わず、そんな状態が続いて、ようやく一つだけ、淳哉は理解した。
アリシアに軽く「セックスさせてよ」なんて言えない。言っちゃいけない。言ったら後が怖い。
こんな不思議というか、自分の世界にいるというか、都合の良い夢の中で生きてるみたいな女の子じゃ、正確な意思の疎通は難しいとしか思えない。つまりセックスだけしてバイバイでいいよね、と言っても理解されない可能性大。
そもそも自分が主張したのは、経験豊富な女の子に教えてもらってテクを磨けば、ナニのでかさに頼らずモテるということで。
同じ八年生 ではなく、十一年生 であるアリシアに狙いを付けたのは、その方が経験しているだろうと思うからで。
女の子にはセックスを教えてもらえばいいのであって、付き合うとか考えてないわけで。
ああもう会話なんて無意味じゃないか、と考えてはいるのだが、それでもDVDで見ていた女優の痴態が思い浮かんでしまうのは、話しながら彼女が身を震わせる度に胸が揺れるからだ。
ふっと視線をずらすと、フランツが見届けてやる、と言わんばかりにじっと監視していた。
マジかよ、と思いつつ、また彼女を見る。潤んだヘイゼルの瞳が淳哉の声を待っている。
内心で汗をかきまくりながら、淳哉はニッコリと笑いかけた。
「あ~、練習後で喉渇いてるんだけど、なんか飲みに行く?」
彼女の顔が一気に紅潮して、視線を淳哉から外さないまま激しく何度も頷いている。
「……じゃあ着替えてくるから」
さらに引き気味になった気分をニッコリと笑顔で隠し、とりあえずその場を後にした。
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