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三部 ジュニア・ハイ-9

 スタンドテーブルを離れた淳哉は、トイレには行かずに店の奥へ入り込み、すぐにブラウンのポニーテールを見つけた。電話番号を聞くと、彼女は緊張したような顔ですぐに番号を書いたメモを破って渡し、奥へと戻る。  仕事の邪魔をしてはいけないと思ったし時間も無かった。赤毛にはさっさと退散してもらわないといけないし、今日やるべきと決めている勉強のノルマもある。淳哉は自分で決めた事は守る。自分自身に言い訳などしても無意味だし、出来なかったら負けだと思っているからだ。  なのでそれきり会話はなかったけれど手応えはあった。きっと彼女とセックス出来る。そう思って一気に上がったテンションのままテーブルに戻ると、適度に冷めていたチョコレートを一気飲みして、アリシアとはバイバイだ。なにか言ってたが、まったく気にならなかった。  部屋に戻るといつもの連中が待っていたが、「今日はダメだったよ」とだけ伝えて勉強を始める。  いつものように集中していたので、誰かがなにか言っていたとしても気にならなかったし、目標があったからか、すこぶる能率は良かった。  やがて夕食の時間となり、みんなで食堂へ行って、シャワーを使って解散となる。  それから淳哉はバーガーショップへ行ってみたが、すでに閉店していたので、警備員の目を盗み、塀を乗り越えた。そんなことをしたのは初めてだったけれど、それはマウラに禁止されていたからというより、怖かったからだ。  理由なんてはっきりとは分からないけど、自分より大きい男が近寄ってくるだけで、なんとなく嫌な感じが胃の奥からじわじわ湧き上がってくるのだ。学校の中ならそんなことは滅多にないけれど、外に出ればでかい男がうようよ居る感じがして、出たくなかった。  しかし今日は、決死の覚悟で出てきた。セックスできそうだからだ。  誰に言われるまでもなく、セックスへの興味は人一倍あった。塀を越えて道に降り立つと、妙な達成感を覚えると同時、ものすごく期待が高まってワクワクしていて、理由の分からない怖れなど忘れていた。  学校の外に出てから、どこへ行けば良いか分からないことに気づいて、少し離れた道ばたで今日ゲットしたばかりの電話番号へかけると、3コールで繋がった。  名乗ると、笑いの気配が濃厚な声が住所を言ったので「すぐに行くよ」と言うと軽い笑い声と共に電話は切れた。聞いた住所はすぐ近くだ。駆け足で向かったアパートの三階にある部屋をノックするとすぐに開き、髪を下ろした苦笑気味の彼女に招き入れられた。  のだが、そこはかなり乱雑な状態だった。淳哉の部屋より酷い。  足の踏み場は辛うじてあるけれど、ソファもテーブルもごちゃごちゃだ。 「めちゃくちゃでしょ。ごめんなさいね、来るなんて思わなくて」  苦笑気味にそう言うと、肩より少し長いブラウンの髪を片手で乱している。  ここで抱きしめてなんか言うべき? どうやったらスムーズにセックス出来る?   笑顔のまま必死に考えていると、彼女は淳哉の手を引いて、まっすぐベッドルームに入ろうとする。 「えっ、いきなり?」  思わず言った淳哉に「違うの?」彼女は首を傾げた。  淳哉は黙って首を振る。  違わない。セックスの為だけに来たのだ。淳哉は手を引かれながら考える。  彼女もやる気満々で、大人な彼女なら後でうるさいことにはならないだろう。これは最大級に歓迎するべき展開じゃないか。  けれど冷静な考えなんて、すぐ吹き飛んだ。ベッドサイドで立ち止まった彼女の細い腕が、淳哉の身体にまとわりついてきたのだ。  淳哉より少し高い身長。マウラの柔らかいけど力強い腕とは違う。兄の硬い腕とも違う。なんだか懐かしい感触。これはなんだろう。  何かを思い出しそうで、けれどチリ、と脳の奥が焼けるような感覚があって、淳哉は考えるのをやめ、彼女の唇にむしゃぶりついた。  するとくちの中にぬるりとしたものが入る。反射的に身を引こうとしたが、細い腕は想定外の力で淳哉の後頭部を押さえた。すぐにそれが彼女の舌だと分かり、(たくわ)えた知識を総動員して淳哉も舌を絡めた。彼女が顔の角度を変えると、唇はさらに深く合わさり、淳哉の口の中を蹂躙する舌の動きは、ダイレクトに股間に作用した。  盛り上がってくる衝動のまま思わず抱き締めると、彼女の胸のふくらみが淳哉の胸で柔らかく潰れた。身体はビックリするほど細くて柔らかくて、本気で力を込めたら折れそうだ。  心臓がありえない速度で打っているのを自覚しながら、淳哉は唇を離し、体重をかけてベッドへ倒れ込んだ。細い身体が、淳哉の下で荒い息を吐いている。 「前から、あなたを見てたわ」  掠れた声が耳を打ち、淳哉は腕を伸ばして彼女を見下ろした。 「なんてきれいな子なんだろうって」  少し潤んでいる茶色の瞳を見下ろして、淳哉は少し首を傾げた。 「……そうなの?」  そう声を返し、胸のふくらみに頬を押しつけ目を閉じる。彼女の目が、アリシアと同じに見えた。でももう止まらない。既に股間はビンビンに勃って、息が荒くなっている。  欲望のまま胸に頬を擦りつけ、柔らかい感触を堪能する。彼女の汗の匂いと、なにか甘い香りがミックスされている、感じたことのない匂いを深く吸った。 「……気づいちゃいなかったわよね」  笑いの乗った声を聞いて、淳哉は目を開いた。だって話した相手でも忘れるのに、一度も会話してない人を覚えてるわけ無いじゃん、と思いつつ、上目遣いに彼女を見上げた。 「ぼく初めてなんだ。教えてよ」  みんなに使えると言われた甘え声で言うと、彼女は優しい笑顔になって、淳哉の髪を撫でた。それはとても心地良くて、淳哉はまた目を閉じる。 「いくつなの?」  密やかに聞かれ、淳哉は「十四」と小さく返してククッと笑った。聞かれて初めて、そういえば今日は誕生日だった、と思い出したのだ。  そう、今日で十四歳だ。なんて誕生日。ハッピーバースデイ僕!  すると彼女が淳哉の髪を撫でながら、アリシアとよく似たうっとりしたような表情で言った。 「ほんとに、きれいね」  そんなことになんて答えれば良いんだ?   『知ってる』? 『よく言われるよ』? 違うな、どっちも正解じゃ無い。  見た目で判断されることに、淳哉は慣れていたけれど、だからこそ、容姿で人を判断しなくなっている。見た目で誤魔化せる奴なんてその程度、たいした奴じゃないという認識もあるし、そう指摘することも少なくない。  でもこんな時はそれとは違う、なにか洒落た言葉を返すべきなんじゃ無いか?  いつものアルカイックな笑みを貼り付けたまま、そんなことを考えていると、笑みを深めた彼女が囁いた。 「いいわよ、教えてあげる」  その囁き声が、淳哉の胸と股間を、甘く満たしていった。

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