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三部 ジュニア・ハイ-13
いろいろ言われて少し考えた淳哉だったが、四日後アビーから連絡が来ると、あっさり考えを捨てて塀を乗り越えた。
なんだかんだ言って、セックスしたかったのだ。
それでもキースからもらったゴムはポケットに入っている。
正直、妊娠、と言われてもピンと来なかった。けれど『父親になりたいなら』という言葉には、一瞬思考能力を失うほどのインパクトがあった。
いつも通り、深く考えはしなかったが、たぶん父親になりたいとは思っていないのだろう、という推測だけは立ったので、予防策は講じた方が良いだろうと考えたのだ。
彼女の部屋は、いつもより片付いていた。「今日はきれいじゃん」と言うと、アビーは少し笑った。
「いつも突然来るから、片付ける暇が無いだけ」
そう言われて考えてみると、いつも塀を乗り越えてからアビーに行くと連絡をしていたのだと気づいた。
事前に都合など聞いたことが無かったのだ。これはマズイのかな?と考え
「今度から聞くべき?」
と聞いてみたが「別に良いわよ」と軽く返された。
「そっか、なら問題無いね」
ニッコリ笑いかけると、アビーも楽しげに笑みを深め、淳哉の首に腕を回してキスしてくる。抱きしめ返してキスに応えつつ、我ながらだいぶうまく出来るようになったと思い満足を深める。
セックスに関して実に優秀な教師であるアビーが、キスも教えてくれたのだ。くちの中にも性感帯があること、舌の使い方や吸い上げるタイミング、唇自体からも快感を得られることなど、微に入り細に入り添削されつつ指導を受け、キスだけではなくセックスも日に日に上達している。
なにごとも漫然としていては上達は望めない。向上心を持って努力を重ねることは、自分に対する満足度を高める。
それは、ほんの幼い頃から強迫観念じみて淳哉の中にあったことだ。いつもいつも、もっと強く、もっと賢く、もっと大きくならなければと、それだけを考え続けていたのだから。
その方法論がセックスに関しても通用するということを実体験として知った。というかセックスはわりと容易に満足を得られる手段だと分かった。
「セックスしよう。前より上手にやるよ」
ニッコリ笑いかけると、アビーは笑みを深め、腕を絡めてくる。クスクス笑いながらベッドに押し倒し、首筋にキスした。しかしアビーの感じるラインを舐め上げようとすると、舌に邪魔なモノが当たってうまくできなかった。
「なんだこれ」
イラッとしながら呟くと、「ネックレスよ」とアビーの声が返る。
その声がとても満足そうだったので、慌てて苛立ちを抑え、ニッと笑って聞いた。
「なんで今日はそんなの付けてるの?」
「……あなたが」
アビーは蕩けるような笑みを浮かべ、ネックレスを摘む。肌の上で鎖がキラリと光った。
「買ってくれたんじゃない」
そういえば、と思い出し、淳哉はニッコリ「そうだね」と言ったが、正直彼女が付けているそれと買ったものが同じかなど分からない。
ただ、アビーの表情がとても気になった。
なにが気になるか、なんて掘り下げることはしないのはいつも通り。
ただなんとなくイヤな感じが残りはしたが、練習の成果を実践すべくゴムをつけようと、そっちに集中することで忘れた。その間もキスをしたりして愛撫は止めないという課題を自分に課していたのだが、わりとうまくいった。
無事挿入したが、薄いゴム一枚でずいぶん感覚が違う。ナマの方が好きだな、などと思いつつ射精して身体を離した。今まで最低三回はヤってたのに、なんとなく乗らなかったし、射精の度にゴムを付け替えるのが面倒というのもあった。練習した通り、ゴムを外し口を縛って、と始末をしていると、「……使ったの」アビーの低い声が聞こえ、「うん」笑顔を向ける。
「ちゃんと練習してきたんだよ」
アビーは口を一文字に噤んだ真顔になった。
「……何か聞いたのね」
まあそうなるよなあ、と思いつつ、ニコッと笑い返す。
「そうだね。いろいろ」
始末したゴムをゴミ箱に捨てて戻ると、アビーはベッドの上で身を起こし、俯いて握り締めた自分の手を見つめていた。
「……良いお友達なのね」
「君の友達は、あんまり良くないかもね」
そう言って肩を竦めた淳哉をチラリと見上げ、アビーはまた目を伏せる。
「嫌いになった?」
「嫌いもなにも……」
好きになっていない、と言い掛けた言葉を「最初店で会ったし」とアビーが遮った。顔を上げ、淳哉を見つめる。目の色が真剣だった。
「ここにはじめて来た時はすっぴんだった。部屋もグチャグチャで、いまさら着飾る必要なんて無いと思ったのよ。べつに、あなたの気を惹きたいとか、騙そうとか、そういうことじゃなくて……」
「あのさ」
淳哉がエキサイトしていくアビーの声を遮って、片手で彼女の唇を隠すと声は止まった。困ったなあ、と思いながら首を傾げる。
「アビーはいくつ? 二十歳?」
「……二十一歳よ」
「だよね?」
満足げにニッと笑った淳哉は、ベッドに腰を下ろし、アビーの瞳を覗き込む。
「ねえ、僕はまだ十四のガキで、セックスしたくてここに来てる。知ってるよね?」
「……ええ」
「良かった」
そう言ってニッコリと笑った淳哉に、それまで必死だったアビーの表情が消えた。
「だから僕は気にしてないよ。良かった、アビーが大人の女性で」
そう言うと、アビーが呼吸を止めた。その肩を軽く叩き、淳哉はまた笑いかける。
「あいつらが言ったようなこと、考え過ぎだって思ってたんだ」
しばし黙ってから、アビーは細く息を吐き、少し笑った。
「……当たり前じゃない」
淳哉は満足げに頷いて、帰り支度を始めたのだった。
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