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四部 シニア・ハイ-1

 九年生からはシニア・ハイ。日本でいう高校生である。  淳哉達五人は十六歳になり、十年生へと進級していた。  八年生の頃、額を合わせて語り合ったのは、はち切れそうなセックスへの興味についてだけだった。それ以外は同じ部屋にたむろしながら、それぞれ好き勝手に遊んでいただけだった子供たちは、三年経ち、それぞれ成長している。  黒縁メガネでやせっぽち。神経質(ナーバス)腺病質(デリケート)な少年にしか見えなかったリックは、身長こそさして伸びていないが、みんなに巻き込まれて運動するようになったせいか、ハイティーンらしい伸びやかな体躯を得た。  みんなで寄ってたかって選んだ新しいフレームは、元々の大人びた眼差しを強調し、今は硬質(ソリッド)知的(インテリジェンス)なルックスとなっている。  背が伸びない、鍛えても細いままだと気にしていたケニーは、たゆまず続けた筋トレとフットボールの練習ゆえか、それとも元々の素質か、十五歳になる前くらいから背中や膝の痛みを訴えつつ急激に伸びた。現在七四インチ(百九十センチ)に近く、骨格も逞しくなり筋肉もついた。  体格だけでなくクレバーな試合ぶりでフットボール選手として嘱望され、自然に女の子の熱い視線を浴びている。  デニスには気の強いステディができた。彼女に言われ、お菓子ではなくプロテインを食うようになって、脂肪ではなく筋肉でできた太い腕と厚い胸板を持つマッチョマンになった。  いかつい身体に人懐っこい丸い目を持つ彼と小柄なステディは、うざい程のラブラブっぷりだ。熊のようなデニスが小柄な彼女の尻に敷かれ、きつい攻撃を浴びては凹んでいるのが微笑ましいと、そのカップルはみんなに愛されている。  キースは演劇部に入った。  (たぎ)るようだったセックスに対する興味は薄れたか、公演があっても無くても練習に励んでいる。楽しくて仕方ないようで、彼の話は、ほぼ演劇に関することばかり。舞台上で演技をする彼は、今までのどの瞬間より輝いている。  それでもすぐ下ネタに流れる癖は治っていない。女の子がいようと構わず下世話な冗談を言いまくるところは相変わらずなのだが、かえって面白いキャラ認定されており、皮肉なことにセックスのことばかり考えてモテたいと騒いでいた頃より、かなりモテている。   フランツは留学生ながら人望があり、寮の役員やクラスの代表を任されることが多い。冷静沈着を絵に描いたようだと言われ、教師や上級生にも一目置かれている。  上背と肩幅のある体格、淡いブロンドに鋭い水色の瞳、細く高い鼻梁に薄い唇。アーリア人の美点を備えた風貌に成長した彼は、ティーンエイジャーに見えない落ち着いた雰囲気だ。そのうえ滅多に表情を変えないので、女性にはかっこいい(クール)と言われ、同性には信頼を寄せられている。  彼がアニメオタクで、素晴らしい作品を見ながらむせび泣いている、などということは仲間以外、誰も知らないから、なのだけど。  淳哉は合気道で三段まで昇段した。学内の道場では師範に次ぐ段位となったが、さらに上を目指して精進中だ。ビザの関係で、毎年一度は日本へ行くのだが、その際には師範の友人がやっている道場へ出向き、そこでも稽古に励んでいる。  更なる昇段試験は日本で受けるつもりだと言い、日本の道場へ行く機会を少しずつ増やしていくつもりらしい。もちろんマウラとの契約通り、好成績も維持している。他はいいかげんだが、合気道と勉強に関して、彼はストイックだった。  身長が七十インチ(百七十八センチ)まで伸び、体格も成長して、もう愛くるしい美少年ではなくなっていたが、伸びやかな肢体と爽やかな笑顔、無邪気にもみえる無鉄砲な言動で、やはり人の目を惹いていた。  こういった外見の変化は、もちろん彼ら自身が努力したからなのだが、互いに似合う髪型や服装など添削し合った結果でもあった。  そしてやっぱり、淳哉の部屋はたまり場で、この年頃の男子ならではの熱心さで、女の子の目を惹きたい、どうすれば女の子に受けるか、つまり『もっとモテたい』ということに話題は偏りがちだった。   そんな中、『美しい』と評される外見なのに内実が『くず』なので、ツッコまれがちだった淳哉は、『みんなもカッコ良くなっちゃえば?』と言い出したのだ。  それぞれの見た目を良くして、『おんなじになればいいじゃない』という理屈で意欲を持ったのだ。そのため髪型や服装にくちを出すだけでは無く、自分が言い出したことだからとカネも出した。  一人一人、似合う髪型、服装は違う。互いに批評し合い、意見を交わし、それぞれの個性を活かす見せ方を考え、話し合い、競うように見た目を磨いた。  それぞれ目立つ外見を手に入れた彼らが連れ立って歩くことは、女性の目を惹くことに繋がっていた。それによりセックスする機会を容易に得られるようになった彼らは、プレイボーイ気分で互いにモテた自慢をしあっている有り様だ。 「モテるには外見だけじゃダメだ」  フランツやリックの意見から、さらに話術、行動も充実させる。同年代だけではなく、大人の女性を相手にするなら、そういうスキルも必要だ。  そんなことより勉強しろと言われそうだが、彼らは人一倍勉強もしていた。  誰かひとり、出来なかったことが出来るようになれば、たまり場となっている淳哉の部屋へ来て自慢する。そこには家庭教師の日以外、常に誰彼がいるからだ。聞いた者は負けるかと自分の苦手を克服するべく努力し、分からないと悩んでいれば得意な者が教える。  そしてしばしば質問を受けるようになったリックは、自分で分かる考え方だけで無く、人に理解させる伝え方を考えるようになり、身につけるべく努力した。それによりリックの評価は格段に上がったのである。  といってもリックはもう、ここにはいない。十六歳になる前に飛び級して、マサチューセッツ工科大学へ進学したのだ。  みんなが四苦八苦してもできないことを易々こなす、リックはいわゆる英才児(ギフテッド)だ。  といっても通常のカリキュラムを皆と一緒に受けているが、たとえ彼が授業中にクラスルームを出てどこかへ行ったとしても、教師も他の生徒もなにも言わない。授業など聞かずとも誰より良い成績を取ること、ジャンルによっては教師より詳しいこともあることを、みんな知っているからだ。  もっともリックは滅多にそんなことはしない。  彼にとってここにいるメリットは、教室外にある。成長期に同年代と過ごすことが、精神安定と人間的な成長に寄与するという理由でこの学校にいるのだということを、もちろん彼は理解しているし、どのような行動を求められているかも分かっているからだ。  あまり喋らないし滅多に笑わない。声をかけても眉を寄せてチラッと目を寄越すだけ。他にもギフテッドの生徒はいるが、彼よりはフレンドリーだし、リックは少し風変わりと思われていたし、たいていの生徒は彼を遠巻きにしていた。  風変わりなギフテッドに声をかけ、少し喋って気に入ったと自分の部屋に誘ったのは淳哉だが、リックが居心地良いと感じて入り浸るようになるまで、さほど時間はかからなかった。  リックは、自分がどう見られているかに興味を持っていなかったけれど、彼らと行動を共にして、少し考えが変わった。彼らがリックを「悪目立ちしてるよ~」と笑ったからだ。  自分の評価を知ること。それは幼い頃から頭脳労働で負けを知らなかったリックにとって、考える必要が無いと排除していた部分だった。  初めて親しくなった同年代である彼らに、変えられた意識はそれだけではない。無駄だと思って馬鹿にしていたあらゆることを、リックは体験した。  バカ話で笑い転げるのを横目にクスッと笑うこと、一緒にゲームをやり、敗北すること。  こっそり寮を抜け出して、深夜にワンオンワンノ勝負をしたり、内緒で入手した酒を飲んだり、互いのセックス体験を自慢し合ったり。  大人が顔をしかめそうなことでもあったけれど、それまで周囲を冷めた目で見ていたリックにとって、それはどれも新鮮でエキサイティングな体験だった。そんな風に感じたことを、重いくちを開いてポツポツ話すことも、それまでなら考えられなかったことだ。周り中が馬鹿に見える、なんて言えば誰でも良い気持ちはしないだろうとくちを噤んでいたリックは、それを聞いた彼らが面白がったので、とても嬉しくなり、安心した。  彼らはリックを、すごく頭がイイ奴なんだなと理解し、面白がった。たいていしかめ面をしている下で、実はかなり周りを見ていて、考えてることは人と違う視点に立っているので意表を突く。  しかも思考の速度が速い。そこまで一瞬で考えるのかと感心しつつ、 『頭の良いってのは勉強がデキるってことじゃ無い、こんなに面白いことを考えつくってことなんだ』  だからもっと面白いことを聞かせろと迫ったのだ。  そんな風に、彼らはリックと時間を過ごすのを楽しんで、楽しいことを一緒にやりたい『仲間』になった。彼らはリックを、面白い奴だけど人見知りのチキンで、一人が嫌いな寂しがりだと知っていたから、一人にしないよう気遣ってもいた。  だから彼の進学には驚いたが、止めはしなかった。誰に強制されたものでも無く、リックが考えて決めた事だったからだ。  それなら単純に応援すべきだったし、いずれみんな、それぞれの道に進むのだ。  リックが少し早かっただけ。一抹の寂しさと共に、みんなそんな風に納得して送り出したのだった。

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