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四部 シニア・ハイ-2

 転入当初いきなり名前が売れた淳哉は、成長してもやはり目立っていた。  しかし、幼くともレディーファーストで振る舞う紳士こそががモテるこの国で、ハイティーンになっても自分を優先させる淳哉の言動は、女性を尊重していないとひんしゅくを買いがちで、それも知られていたので学内ではあまりモテない。  ゆえに淳哉がガールハントするフィールドは主に学外、しかも年上狙いが多かった。得意の甘えた声音と無邪気を装った笑顔は、年長の女性に効果が高かったのだ。  だから運転免許を取得し、レンタカーでならしを終えた二月頭、いつもの四人を集めた淳哉が 「インテリの大学生をハントしに行こうよ」  と言ったことに不自然は無かった。  なのにみんなニヤニヤしたのは、車がどこへ向かうのか知っていたからだ。目的地はケンブリッジ、つまりリックに会いに行くのだ。  ガールハントに行くなら着替えも必要、車ならこれも運べると、全員が最も自分に映える服装を二組ほど持って来ていたので、二泊三日とは思えないほど荷物は多く、1時間ほどのドライブは、コレが邪魔だソレを汚すな、などと大騒ぎしつつの道程となった。 「なんだおまえら、いきなり」  押しかけた五人の笑顔を見て盛大に顔を顰めつつ、リックは仲間を部屋へ招き入れた。  リックは奨学金を受け、ベッドルームもある広い部屋に一人で住んでいた。  広いのに、まだ半年も経たないのに、部屋は既に本やテキストで乱雑になっていて、 「きったねえな!」  と吼えたデニスが片付け始め、半笑いのケニーと無駄口の多いキースが手伝う、といういつもの図となった。  フランツは持参したスーツに着替えて眼鏡を変え、テーラーメイドのスーツを少しチャラ目に着こなした淳哉に「行くぞ」と声をかけた。  この国では二十一歳未満に酒を売ることが違法なのだが、彼らはいつも、このいでたちで酒を買いに行くのだ。  オールバックに髪を撫でつけ、セレブ御用達、トムフォードの眼鏡と仕立ての良いビジネススーツで武装して、アタッシェケースを小脇に抱えれば、ドイツ訛りで喋るインテリ風アーリア人は、出張で訪米したビジネスマンに見える。  長めの髪を耳にかけて、いつもは隠しているダイヤのピアスをアピールし高価な指輪を身につけ、一目で高価と分かるスーツをあえて着崩す淳哉も、ノーブルな顔立ちと東部訛りもあって、ハイソサエティの我が儘ボンボンに見えた。  彼らが酒を買う時は淳哉が、敢えて高価な酒を求める。  東洋人は若く見られがちだが、年令確認を求められると訪米中の金持ちを演じて「おう! パスポートを忘れた!」と困り顔を作り、フランツが営業スマイルで「私が買いましょう」と言う。 「じゃあお願いしようかな」  と脳天気に店内を見回る淳哉に見せないよう、フランツが渋々の表情で金を出す、という芝居を打つと買えなかったことがない。もちろんシナリオは淳哉考案だ。  といっても基本的に彼らは、学校では真面目に勉強やスポーツなどに励んでおり、淳哉の部屋に集まっても夜毎酒盛りをするわけでは無い。特別の祝いや騒ぐ理由があるときのみ、このように遠くまで足を伸ばし酒を買って、スペシャルな夜を過ごすのだ。  つまりこの顔合わせが彼らにとってスペシャルなのだということが、当然リックにも伝わっていて、しかめ面ながらも口元は緩んでいる。  無事シャンパンと高価なブランデー、そして適当なつまみを持ち帰った二人を待って、片付いたリックの部屋で酒盛りが始まった。  乾杯の後、寄ってたかって頭や肩や背中を叩かれながら 「なんか言ってこいよ」 「なんで連絡しないんだよおまえ」 「薄情なやつめ」  くちぐちに(なじ)られたリックは、顔を顰めながらシャンパンをひとくち飲んで口を開いた。 「ちょっと、……ギリギリまでやってみたくなった、んだ」 「ギリギリ?」 「……俺らは、ケニーがどれだけ努力して今の立場を手に入れたか知ってるよな。俺も応援してたし、ケニーを誇りに思う。ジュンもデニスも、なにかを頑張って結果を残してる。キースもフランツも楽しそうだしな。……俺は、なんだかつまらなくなったんだ。傍観者でいるのが」  そう言うとリックはさらに顔を顰め、まずそうに酒を飲む。珍しく自分のことを語るリックに、みんなくちを閉じて注目した。 「たいていのこと、適当に、できちまうから。俺はいままで努力なんてしたことなかったし、そういうの馬鹿にしてたとこあったんだ。でもじゃあ、俺が必死になったらどれだけのことができるか、とかな。考えたらやってみたくなって、やってみたらこれが……」  言葉を切ったリックがみんなを見回し、ニヤリと笑った。 「めっちゃ楽しくてさ。こんな楽しいの生まれて初めてってくらい」  へえ、とみんなそれぞれ表情を変えた。リックがなにかを楽しいと言うことなど、いままで無かったからだ。 「知らなかったことを知ったら、見えなかったものが見える。考えてみたこともなかった発見なんかあると、身体の芯から噴き上がってくるみたいな、なんか凄いモンがあって。生きてる実感、かな」  そう言うリックのくちもとは徐々に緩んで、目元も楽しそうにきらめいた。 「……ああこれが歓喜ってモンかな、とか。セックスなんてちょろいよ。これこそ最高の愉悦ってやつだ」  知的興奮がセックスに勝るなんて、誰にも実感はできなかった。 「ジュンが集中すると聞こえなくなるっていうの、嘘だと思ってたけど本当だな。聞こえないし時間忘れる。メシ食うのも、寝るのも忘れる。楽しいんだよ、めちゃくちゃ」  けれどリックが楽しいと笑っていることに興奮したみんなは、祝福の声と共にてんでにカンパイした。  みんな安心したし嬉しかった。リックは仲間を忘れたわけじゃ無かった、夢中になっていただけだったのだ。  メンバー内で一番小柄となっているリックは、盛り上がった仲間にさんざん小突かれ、頭をかき回されて髪はグチャグチャに爆発した。  するとやはり、リックは盛大に顔を顰め、まずそうに酒を飲むのだった。  淳哉は十六歳の誕生日と同時に免許を取得し、そのとき車を購入しようと考えていたのだが、事前に察知したマウラは反対した。 「あなたはそういうものを所有するには、まだ自制心に欠けているわね。私の許可なく自動車を手に入れることは許しません」  理不尽だと淳哉は激しく抵抗した。信頼しているマウラに対してそうするのは初めてだったにもかかわらず、彼女の答えは変わらない。ついに淳哉は自分で手配をして、人づてに中古の車を手に入れようとしたのだが、マウラの方が一枚上手だった。  彼女は『自動車と不動産を購入してはいけない』というタカオ・アネサキの厳命を取り付けて淳哉に示し、これは契約だ、と言い放ったのだ。  学生としてビザを入手している淳哉は、学内でなら週二十時間ほど働けるけれど、マウラが許さないのでそれは望めなかった。学外で働こうと思えば移民局へ申請して認められることが必要で、保護者であるマウラが許さない以上、それは不可能だ。  つまり淳哉は生産的なことを一切しておらず、自分では1セントも稼いでいない。  彼が好き放題に使っている金は、あくまで父親が出しているものであって、彼自身のものでは無い。資金源を絶たれれば、なにも手に入れることが出来ないのだ、ということを、マウラは突きつけてきた。  淳哉にとっては歯がみするほど悔しいことだったが、現状、自分で収入を得ることは叶わないと思い知って、それからあまりものを欲しがらなくなった。  自分で金を稼ぎ、それを自由に使うこと。みんなが当たり前にしていることができないという現実は、本当に貴重なモノは金では買えないと淳哉に思わせたのだ。  たとえばフランツが手にしている人望。ケニーが勝ち得た体格と嘱望されるフットボール選手というステイタス。リックが感じた愉悦。キースが舞台で見せる、輝くような笑顔。兄や稀哉(まれや)や美沙緒が寄せる、無条件の好意。マウラから受ける、厳しくも暖かい愛情。そしてセックスで得られる快感と満足感。  これらは、どんな高価な宝石より、淳哉の中で上位に位置するものだ。  デニスのマッチョな身体とステディな彼女でさえ、いつもネタにしてバカにしているにもかかわらず、金では買えないという理由で尊重した。  といってもデニス以外、ステディを作るという意識は全く無かった。むしろそれが理由で、デニスは仲間内で疎外されがちだ。  居なくなったリックを除く五人組は、部屋に閉じ籠もっていた頃と違い、それぞれアクティブになっていたが、やるべき事をやっている時以外は、いまだに行動を共にする。それぞれ単独でも人目を惹くようになっている彼らが連れ立っていると当然目立つのだが、もちろん彼らはそれを自覚していた。  初めてセックスした八年生の頃の初々しさ、というかガッツキぶりは影をひそめ、その分彼らは、巧妙に立ち回り、悪目立ちを避けるようになっていた。  あからさまにがっついても得することはなにも無い。むしろ興味が無いと装った方が獲物は寄ってくる。  そうした考え方を皆に告げたのは淳哉で、どうするべきか、各人ごとに合う行動を提示しつつ、重ねて、作戦を立てていることを絶対に漏らすなと厳命した。  無意識、自然体を装うことが重要だ、と重ねて指示する淳哉を  『ゲスだ』  『クズだ』  『腹黒い』  などと悪し様に言いながら、仲間も結局は従っているので同罪と言えるのだが。

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