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四部 シニア・ハイ-3

 彼らは女性を誘い、セックスに持ち込むことを『落とす』と呼んで、めぼしい女性を見つけると、誰が落とすか賭もした。そして今では、ペニスが大きいという一事で必ず女性が喜ぶ、などという誤った認識もない。  彼らはいっぱしのプレイボーイ気分になっていて、それぞれ自分の得意な方法を使えば女性を落とせる、と思い込んでいた。たまり場となっている淳哉の部屋で盛り上がって、ゲームで勝ち負けを競うように、誰がどの分野で勝っているか、なんて話になることもある。 「トークならキースが一番だな。確実に盛り上がる」  ケニーが言う。  女の子を笑わせて場を盛り上げ、ベッドまで持ち込むのがキースのパターンだった。 「そりゃそうだろ。でもエスコートのワザはケニーだよ。女がぽーっとするよな」  キースに言われて得意げに鼻をうごめかせるケニーは、フットボールで鍛えた体躯と黒光りする褐色の肌から、逞しい男性を好む女性から声がかかる。顔も厳ついのだが、エスコートはジェントルなので、女性たちはポーッとしてしまうようだった。  そしてケニーはチラリと淳哉を見る。 「でもまあ、テクならジュンだな。また抱いて、とか言われてるだろ」 「まあね」  ヤスリで爪の手入れをしながら淳哉がニヤリと返した。  淳哉は二十歳以上の女性を相手にすることが多い。かなりの年齢差があっても、これはと目星をつけた女性を落とすことをゲームのように楽しんでいた。基本的には速攻即決、だが少しでもイケそうだと思えば時間もかける。  ベッドでは経験豊富な彼女たちを翻弄し、思う通りの反応を引き出せれば勝ち、などとよく言っているが、そうするためにテクニックを身につけているらしい。 「でも体力ならケニーだろ。さすが選手」 「いや、やり過ぎるとしまいに怒られるぜ」 「でもまあ、一番モテるのはフランツだよな」 「そうだよなあ。口説くわけでもないのにさ、ちょっと見るだけで寄ってくる」 「入れ食い状態だもんな」 「やっぱアレがデカいからか?」  そう声を向けられて、フランツは鼻で笑った。 「そんなもの、なんの意味があるって?」  もちろん、それが理由じゃないのはみんな分かっている。  かつて蒙昧な夢想をした男が『アーリア人こそ最も優秀な人種』と言ったが、怜悧にも見える美丈夫は、そこにいるだけで女性の目を奪うのだ。  惹かれた女性が良い雰囲気を醸し出しても、淡々とクールな無表情で、冷静な対応しか返さないのだが、さりげないエスコートで、女性を尊重する姿勢は崩さない。  そしてあくまで冷静にストレートにベッドへ誘う。ソレが高確率で成功するというわけだ。 「あはは、やーらしいな、フランツ」  笑いつつ淳哉が爪先に息を吹きかけている。  クールな対応を崩さないフランツと天真爛漫を装う淳哉。一見、相容れないような二人だが、よく行動を共にしていた。  金髪に水色の目、白皙(はくせき)のフランツは無表情を貫き、内心を見せない。  黒髪に焦げ茶の目、アイボリーの肌の淳哉は、やはり内心を見せないが、笑って誤魔化すか冗談で煙に巻く。  見た目も持つ雰囲気も真逆に近く、傍目には不思議な組み合わせだが、この二人、他人と一定の距離を置きたがる、という一点で同類で、方法論が正反対なだけなのだった。互いに踏み込む距離感が心地良かったのも、行動を共にする理由だったかも知れない。 「やりたい放題のクズだって女どもに教えてやりたいよ」 「ホントおまえら、むっつりだよな」  ケニーとキースに言われても、フランツは鼻で笑い、淳哉は肩を竦めてニッコリ笑顔を返すのみだ。  実際、最も多くの女性と関係を持っている双璧はこの二人だった。  見た目は目立つ二人なので、カフェなどで頭を寄せ、笑顔で語り合う図は、女性の目を奪っていた。しかし会話の内容を耳にすれば、百年の恋ですら氷点下まで冷めるに違いない。  女性には聞かせられない、あからさまな会話をしているからだ。 「おい、あの左から3番目のブルネットどうだ」 「いやあ、あれはきっと緩いよ。体がだらしない」 「そうか? 柔らかい方がいいだろ」 「ああ~、おまえデカいから、緩くても問題ないんだ」 「うるさいな。ならおまえはどれがいいんだ」 「一番奥にいるショートヘア。スリムで引き締まってる。あれはきっと締まりがいいよ」 「あれか? 腹が硬そうで触り心地が悪くないか、ああいうの」  フランツは豊満で女性らしいタイプが好きで、淳哉はエクササイズを欠かさないような締まった体が好みだった。だが容姿を重要視しないのも、この二人の共通点だ。イケるとなれば顔や身体が好みでなくてもとりあえずヤっとけ、である。  重要なのは後腐れがないこと。後を引かずにヤれそうだと読めば、手間暇も金も惜しまない。  たとえば、とある女性へ贈るための花束を作ってもらえば、ついでに花屋の店員にも声をかけておく、といったように、セックスに繋がりそうな女性と見るや、マメにつなぎを付けておく。  そういうことを繰り返している二人は、女性の喜びそうなスポットや好きそうなアクセサリーにも詳しいが追うことはしない。えさを撒いて置いて寄ってくるのを待ち、誘われてやって来た女性をストレートにセックスへ誘う。  十五歳になる少し前くらいから、フランツは急激に背が伸びた。それと同時に顔つきも、少年のものから精悍な雰囲気に変わっていった。  その頃『みんなでカッコ良くなろう』作戦中だったので、みんなフランツにも色々くちを出した。  髪型ヘンとか、ダサい眼鏡やめろとか、オタク発言はするなとか。  オタク系の発言行動を抑えようとすれば、元々くちの重いフランツは寡黙になるしか無かったのだが、見た目がかなり変わったことで、いきなりモテ始めて、フランツは調子に乗った。  だがそれで少々痛い目を見て、落ち込んでいるときに非常な共感を示したのは淳哉だったのだ。  幼い頃から外見で判断され、勝手なイメージでつきまとわれて、不愉快な思いをすることが少なくなかった淳哉は『女の子なんて浅いよ~』と言い放ったのである。 『誰がどう見ようと、僕は僕でしか無い。でしょ? 勘違いしたい奴には、好きに勘違いさせておけば良いよ』  そしてフランツは外見で判断されることを嫌って行動で信頼を勝ち取ることに邁進し、現在の立場を手に入れたのだった。  そうして現在に至るのだが、来る者拒まず、まったく節操がない二人なので、数を競うような有様になっており、今月は勝った負けたと言い合っているのを、さすがに呆れたケニーが詰った。 「世界中の十六歳の多くが、手コキで我慢してるってのに!」 「マスターベーションなんて、モテないやつがしょうがなくするモンだろ?」  ニッコリと言った淳哉は、「なあ」とフランツを見る。「ああ」と声が返り、少しだけ片眉を上げたアーリア人は、口の端を少し上げる。 「俺らには関係無い世界だな」 「とことんクズだな、おまえらっ!」 「おお、カッコイイなそれ。キャッチフレーズにしちゃおうかな」  などと(うそぶ)く淳哉と、口の端で笑うだけで無視するフランツは、まったく意に介さない。  そんな風に、二人は自意識を肥大させていた。

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