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四部 シニア・ハイ-4

 そんなある日、この五人グループについて噂が立った。  年齢を詐称して違法に酒を買い、身分を偽って街で遊んでいる。そのさい不特定多数の女性を相手にして、人として許せない行為を繰り返している。  そんな噂に、焦って部屋へやって来たのはキースである。 「おいヤバいんじゃねえの」 「大丈夫かよ」  聞いたケニーとデニスも慌てて、救いを求める目を向けた。そんな仲間に冷笑を返したのはフランツである。 「まあ大丈夫だろう。心配するな」  学内でしっかり人望を得ているフランツは、すでに教師から「こんな噂を聞いたんだが」と問われていた。  その時フランツはため息混じりに「俺たち、目立ちますからね」と苦笑して見せたのだという。そこからの会話で暗に『やっかみや反感から来る誹謗中傷では無いか』と思わせるように誘導したと自慢げにニヤリと笑ったのだが、おそらく悲しむ素振りでも見せたのだろう。 「ひとまず様子を見ると言っていた」 「ひとまずかぁ~」  呟いて、淳哉は考えた。  確かに身分を偽ってというか、年齢を偽って遊ぶことはあるが、それくらいの嘘は許されないことではない。女性と付き合いセックスすることだって、個人の自由の範疇だ。別に強姦しているわけじゃ無い、合意の上なのだから、なんの問題も無い。  ただ、違法に酒を買っているのがバレるのはマズイ。  マウラとの契約で、品行方正に振る舞うことを求められている淳哉は、表面上、成績優秀で温和しい優等生を演じきる必要があったし、法に反していることが(おおやけ)になれば学生ビザは取り消されてしまう。つまり強制退去、日本へ戻らなければならないのだ。  淳哉には日本で過ごした記憶が無い。  毎年ビザのため訪日しているが、滞在はホテルだし、目的と言えるのは合気道の道場へ行くくらい。  後は女の子ハントしかしていない。それなりに楽しいトコだとは思っているが、母国だと言われてもピンとこないし、全く『帰る』なんて感覚にはならない。  それに日本語にはぜんぜん自信が無かった。  美沙緖が送ってくるアニメは、フランツが部屋に来るとわりと常に見ているので横で見聞きはしているが、日本語の読解力は自分よりフランツの方が確実に高いし、幸哉たちが来たときにフランツがいれば日本語での会話が盛り上がっている。淳哉自身はほぼ英語での会話を貫いていた。 「日本人なんだから日本語をもっと練習して」  顔を合わせる度に美沙緖はそう言うが、戻るつもりの無い国の言葉を覚える必要を感じてないので、淳哉はいつも笑って誤魔化しているくらいなのだ。  つまり強制退去なんて絶対避けなければならない。  そこまで考えを進め、脳内で作戦を立てた淳哉は、 「じゃあ元から絶たなきゃだねえ」  ニッと笑ってみんなを見回した。  その顔が悪巧みをしているときの表情で、こういう時の淳哉が出す指示に従っておけば間違いないと、仲間たちは信頼を持っている。 「どうすればいいんだ」  詰め寄る皆へ、淳哉は笑顔のまま、次々指示を出した。  まずフランツはいつも通りでいい。  いつも冷静で言葉少ない奴が変に言葉を費やす方が怪しいから、いつも通りクールなフランツでいれば良い。ただ、噂について聞いてくる奴がいたら、思いっきり軽蔑の眼差しを向ける。  ケニーはフットボール練習の前後、女の子たちに噂について知ってるか聞く。  噂を聞いた女の子がいたら、 「フットボールと勉強で、こんなに頑張ってるのに、酷いことを言う奴がいる」  と少し怒ってみせるなど、しっかり修正を入れておくこと。  キースは演劇関連で出会う人に片っ端から愚痴をこぼす。そのとき大袈裟に嘆くこと。そして「そんなことないってちゃんとみんなに言っといてよ~」と注文をつける。  デニスは自分と彼女の人脈をフルに使って変な噂が流れてるよなと、敢えて自分から話を持ちかける。 「フランツは留学生なのに、次の寮長に決まったって噂あるよな。そういうの気にする奴いるかも。自分が寮長になるはずなのに、とかさ。ケニーはレギュラーチームに上がるっていうし、推してる選手が選ばれないって文句言う人いるかもだし、キースは次の公演で主役決まったとか、シナリオにくち出してるとか言ってたし、あいつウルサいから嫌がってるのがいてもおかしくない。ジュンはいつも人のこと小馬鹿にしてる様なとこあるから、反感買いがちだしなぁ」  みんなが指示どうりの行動をする間、淳哉は集まる情報を聞き取り、状況に合わせた指示を出すのみだった。 「僕はおとなしくしてるよ~。だって僕って信用されないキャラじゃ無い?」  普段から、なにを言われても笑って誤魔化したり、冗談で煙に巻くなどで、あまりまともに答えない。確かにそうなのでみんな納得したけれど、自覚してやってるんだ、と知って「なんでだ」と聞いても、やはり笑って誤魔化されたのだった。  そして彼らそれぞれの言い分を聞いた者たちの中には、そんなこと言い出したのは誰だと犯人捜ししようとする者もいた。それは即刻やめさせるよう、淳哉は言った。 「犯人捜しなんて不毛だよ。言いたい人には言わせておけばイイ。そんな人に付き合って争うなんて、同じ地平に落ちるようなこと、みんなにして欲しくない」  そう言えばイイよ、と指示を出したのだが、それも当然だった。実際酒を買っているので、それが事実と判明したらシャレにならない。  そして淳哉は、噂を漏れ聞いた当初から、この元凶を推測していた。  おそらくケニーかキースがセックスした学内の女の子。そう判断した時点で、今後の行動について指示を出している。  つまり学内の女の子を相手にするな。もしやるなら、余計なことは言わない、察せられるような迂闊な言動も厳禁。ソレが出来ないなら学内でセックスを間に合わせるような『危険で頭の悪い行為』はするな。『安全な』他校の女の子や大人の女性を相手として選ぶべきだと。  それだけではなく、学外でもマンチェスター、つまり地元でのガールハントはやめよう、コンコードや近隣だけでは無く、週末は車出すからケンブリッジやボストンまで足を伸ばし、そこで女の子を探そう。事前にイケそうな店や場所をリサーチして、危険を回避する為の調査をやっておくから、それにしたがって行動するように。  淳哉はまさに、驚くべき勤勉さでそういった準備をした。万が一ばれたら評判を落とす程度で済まないのが自分自身だからだが、『酒を買うのをやめよう』とは言わなかったし、誰も思いついてもいないのだった。  そんなこんなで、やがて風評は消え、さらに時が経った五月の終わり。  のんびりと構えていた彼らの情況が激変した。  この夏はボストンで行われるサマースクールへ行く予定だった。  フランツとキースも一緒に行くことになっている。  その準備をしていた淳哉の部屋に、珍しく目の色に焦りをのぼせて、フランツがやって来たのだ。  資料を読み込むのに集中して、声をかけても気づかない淳哉の肩を、フランツが激しく揺さぶった。 「ジュン、まずいぞ」  集中を中断された淳哉は、不快も露わに振り向く。 「は? まずいってなにが」  が、返る水色の瞳の鋭さに眉を開く。 「ドラッグストアで、俺らのこと探してるらしい」 「えっ、それって酒買ったところ、だよね?」  二人はコンコード市街まで出て酒を買っていた。学校の近くで危険を冒すような愚かな真似はしないのだ。  何回か行ったその店では、まったく怪しむ様子は無く、最近は芝居無しで酒も買えていた。偽装は完璧なはずだ、と思いつつ、後ろ暗さ満載の淳哉も焦った。 「なんで?」 「知るか」  吐き出すように言ったフランツも忌々しそうに唇を歪めている。クールはどこへ行った、という表情だが、アニメを見て感動するとこいつは泣くので、仲間内では珍しくない。 「とにかく身分がばれるとやばい」 「……だね。くそ、なんだよ」  チッと舌打ちして、淳哉も眉間に縦皺を作る。  しかしフランツも淳哉も学生ビザで学んでいる以上、下手を打てば強制退去もあり得る。なぜ探されているのか理由は不明だが、大した理由じゃないにせよ、それにより年齢が露見して違法に酒を買ったことがばれるのは避けなければならない。 「しばらく出かけるのは控えた方が良いかもしれない」  呟いたフランツに、淳哉も頷くしかなかった。

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