64 / 97

四部 シニア・ハイ-10

 この学校の寮は三種類ある。  由緒正しいというか立派だが古い寮。これは必然的に男子寮だ。元々男子校だったから、女子トイレ無いし、男子じゃなきゃ出来ない伝統とかあるし。  その中でも淳哉が居る寮は最も古くからあって、格調高い外観と内装でそれなりに人気ある。なにげに寮の伝統行事とかあったりして、そういうの好きな奴もけっこういるしね。  そして女子学生を受け容れるようになってから建てられた割りと近代的な寮。コレは女子寮、男子寮、両方ある。伝統とか歴史とか面倒ってタイプはこっちに入りたがる傾向が強い。あと、こっちにはネズミが出ない。  もうひとつが、昔は職員の住宅として使われていた普通の一戸建てが寮として使われているパターンだ。  これは殆ど女子寮。一戸建てタイプの寮にはキッチンもバスルームもあって、自分達で料理したり、バスルームをロマンティックに飾り付けたり、まあ普通の家でお母さんとかがやることはだいたいできる、ということらしい。  一戸建てタイプは女子に人気あるらしく、競争率が高いと聞いている。もちろん、自分とは違う考え方の人間が多数存在する事は、知識として理解しているから、それについてナンカ言ったことは無いけど、黙ってても食堂でメシ食えるのに、なんでそんなのが良いのか分からないと思っていた。  彼女が今学期から入ったのが、アーリーアメリカン調の一戸建てタイプ。ブログに書いてあったからすぐ分かった。  そして淳哉は、まっすぐここ、赤毛のアンでも出てきそうな一戸建て前にやってきて、前にあるベンチに座り、解剖学の新刊を読んでいた。  ケイトを待っているわけだが、淳哉はどんなときも時間を無駄にはしない。覚えるべきこともやるべきことも、信じられないほどたくさんあるのだ。  しかし盲点はあった。集中すると周りが見えなくなる、という自覚があるのに、新刊の雑誌に興味深すぎる記事が載っている事を知らなかったのだ。すっかり没頭して、暗くなった事にも気づかずに雑誌を読んでいたのだ。  乱暴に肩を揺すられてハッとした淳哉は顔を上げ、そこに一人の女の子が立っているのに気づいた。 「あなた、ジュン・アネサキよね。そこでなにをしてるの」  ブルネットの髪を一つに束ね、Tシャツにジーンズ姿で腕組みをして、淳哉を睨むような目で見下ろしている。  鋭い茶色の目には威嚇の意思が見え、薄い唇が真一文字に引き結ばれていた。仁王立ちの姿勢や肩から剥き出しの組んだ腕から、彼女が淳哉好みの引き締まった体型をしていることが、すぐに分かった。 「きみ、誰?」 「言う必要あるかしら。とにかく、あなたがそこに居る事で、不安を感じている女の子が居るのよ。読書をするのは自由だけど、場所を変えてくれない?」 「不安を感じるだって? ヘイ、僕は無害な男だよ?」 「そうは思えないわね」 「どうして? 僕がなにか暴力的なことをしたかい?」 「あなたが他校の女生徒を弄んだという話は聞いているわ。それに法で制限されている行動を、身分を詐称してやっているらしい、ということもね」 「おう! ということは君がケイト?」  問いかけて、淳哉は彼女の顔や身体を、しげしげと眺めた。 「だったらなんだって言うの?」  気の強そうな彼女の目が、キッと淳哉を睨んだ。なるほど、これは愉しい攻略法がありそうだ。 「良かった。君と話をしたくてここで待ってたんだ。逢えたからこれで退散するよ」 「私にですって? キャリー・プライディではなく?」 「誰それ?」 「信じられない! あなたが十四歳の時に一度セックスして捨てた女の子よ! 忘れたって言うの?!」  十四歳なんて、そんな遙か昔のことなど覚えてるわけがなかった。しかも一度セックスしただけなんて、何人いるか分からない。十四歳の頃、まだ美少年と認識されていた淳哉は、かなり入れ食いでモテたのだ。  といっても寄ってくる女の子をベッドに誘い、OKなら即ベッドインしただけで、無理強いをした覚えは無いし、迂闊な約束なんかも一切していない。  だから淳哉は肩を竦めて苦笑した。 「もしかして、なにか被害妄想でも持ってない? 捨てたもなにも、付き合ってないと思うんだけど」 「なんてこと! 付き合ってないのにセックスしたって言うの?!」 「付き合ってなきゃセックスしちゃいけないって言うのかい? そんなバカな!」  真剣な面持ちで抗議した淳哉に、ケイトは厳しい目を向けたまま溜息をついた。 「ようく分かったわ。あなたとはとことんディベートを闘わせる必要がありそうね」  そう言ったケイトは、腕組みしたまま顎を振って、淳哉を促した。肩を竦めて立ちあがると、ケイトはすたすたと歩き出す。その後を追いながら、淳哉の視線は、ジーンズに包まれたすらりとした足や、躍動的なヒップに奪われていた。

ともだちにシェアしよう!