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四部 シニア・ハイ-13

 自分を探していたのがマウラだったと分かったので、もう遊びに行くのを我慢する必要も無くなった。  前と同じように街へ行くだけでなく、ボストンやケンブリッジまで足を伸ばし、リックも誘って一緒に遊んだ。  車を使えるようになったことにより、行動範囲は広がっているし、飲酒運転を避ける為にホテルに宿泊することも多い。もちろん外泊を隠蔽する手回しも忘れずに行った。  週末ゆっくり遊んでも、早朝にチェックアウトし車を飛ばせば、授業にも遅れずに済む。  それに家庭教師の時間が、以前より愉しくなっている。  ジャスからセックスを求めてくることはないし、いつも淡々とした表情で、いつも通りに学習を進めようとするけれど、ちょっと思わせぶりな目線を送ったり、さりげなく身体に触れたり、その度に少し動揺するジャスを見るのが愉しい。なのでわざとそういうちょっかいを出して遊んでたりもした。  そしてケイトだ。  淳哉は珍しくも、いわゆるハイスクールの健全な交際、というやつをやっていた。  ようやくキスできたのが、二人で逢うようになって1週間程経ってから。ケイトはかなりお堅い女の子だったのだ。  一見ニコヤカなので誰も気づいていないが、かなりイライラしてたし、もう意地になって絶対落としてやる、ベッドで泣かせてやる、と攻略法を練っているところだった。ゆえにときどき、彼女のいるところに出没しているのだが、学内で女の子を追ったことなど無く、興味が無いと思われている淳哉のそんな行動は、元々目立っていたがゆえに噂になり、当然仲間も知るところとなった。 「おい、学内の女は危険なんじゃなかったのか?」 「アレは別。むしろ落とした方が安全なの」 「へえ~、じゃあもうヤったのか」 「いや。昨日やっとキスした」 「はぁ?」  のけぞるほど驚いたみんなは、いつセックスするのか賭をはじめてしまった。  と言っても、みんなすぐにヤるに違いない、と決めつけたので、明日とか三日後とか、そのあたりの話だ。淳哉が耐えられるわけがない、腹黒発揮してすぐヤるに違いない。  そんな中、フランツが一ヶ月後に賭けた。 「いや無理だろ、ジュンがそんなに我慢するわけない」  みんな鼻で笑ったが、フランツは冷笑で受けて立つ。  結果、淳哉が一ヶ月持ち堪えれば、フランツは向こう半年、ケニーとキースとデニスを言うなりにできる、ということになった。ケニーの人気、キースの伝播力、デニスの人脈、それぞれ有意義に使ってやると企みながらフランツはコソッと言った。 「それくらい耐えろよ」  淳哉もそれを推察して、ニヤリと笑ってひそひそ声を返す。 「ええ~、それって八百長じゃないの? 不正に加担するのはなあ」 「うるさい。おまえのせいで迷惑を(こうむ)った俺に、謝罪の気持ちを見せろ」  憮然と言い放つフランツと、こんな会話をしたのは久しぶりだった。 「なんだよ、最近こっち見なくなってたクセに。避けてただろ」 「そりゃ、当たり前だろう」  と眉をしかめた。 「おまえが男とセックスなんてするからだ。こっちまでそういう風に見られるかと思ったら、気持ち悪いだろう」 「ええ~? おまえとセックスなんて考えるわけ無いじゃん。やめろよ、ヘンなこと言うの」  ヘラヘラ笑う淳哉に、フランツもニヤリと笑い返した。 「だよなあ。俺も考えすぎてた」  淳哉もニヤニヤして、付け加える。 「ヤるとしても、おまえデカイから、僕が挿れる方な」  ギョッとしたような顔で 「だからそういう事を言うな!」  怒鳴るフランツが可笑しくて、淳哉は声を上げて朗らかに笑った。  いつも冷静なフランツがこんな怯えた顔をするのも、こんな声を出すのも、滅多にないことだ。この友人のこんな表情を他の誰も見たことが無いだろうと分かっているので、ひどく愉しい気分になったのだった。  そして彼の発言は、逆にこの友人を初めて意識させた。  こいつとセックスできるだろうか。  つい淳哉は、そう考えてしまったのだが、ジャスとセックスして、男相手もけっこう愉しめると思っていたことも関係あったのだろう。どうやったら落とせるかなあ、などと方策を考えたりは愉しかったが、実行に移すことは無く、いっとき()ぎっていたそんな考えはすぐに忘れた。  淳哉にとってフランツを含む仲間は、一時的な愉しさのために失って良いと思えるような対象では無かったからであり、考えるべきこともやるべきこも目白押しで、余計な考えにふける余裕など無かったからでもあった。  筋トレと合気道の鍛錬は日課となっていたし、日々課せられる課題、提出すべきレポート、取るべきカリキュラム、逢うべき人。マウラから社交の場へ出るよう言われれば腰軽く顔を出し、週末は仲間とガールハントに出かける。  その合間には将来どこへ進むか、なにを学びたいか、自分に問う時間が増えていた。さらにその隙間に、淳哉はケイトをどうするか、考えていたのだ。  一週間経ってようやくキスさせたケイトを抱きしめた時、細いのに筋肉の張りがある身体が淳哉のハント・スピリットを煽ったし、そのときはすぐセックスしてしまおう、と考えていたのだが。  賭けになってしまった。  フランツを勝たせてやろうと思えば、この状態を一ヶ月キープしなければならない。  正直、テンションが上がって道徳的な面が強く出た彼女の言葉が、まるで演説みたいになるのには辟易(へきえき)していたし、こんな面倒くさいならセックスしなくても良いや、もうこの娘やめようかな、と思い始めている自分もいた。  それでも賭けの対象になっていることには面白みを感じていたし、せっかくだから愉しもうと考える。  なんでも愉しんだモン勝ちだからだ。  クレバーで溌剌として自分を高めるのが好きなケイト。会話を愉しもうと思えばできないこともない。  ものごとはなんでも、一面だけから見ているだけじゃ愉しめるものも愉しめない。愉しい方向から見て、愉しもうと思えばなんでも愉しめる。だったら愉しまなくちゃ。  最近淳哉はそう考えるようになっていた。

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