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五部 高校二年-5
アメリカ人の大柄な女よりノリの方が軽い。こういう時に日々の筋トレは役立つよね。
それにノリはジャスより華奢で、ベッドまで運ぶのも楽勝。二つある寝室の片方へ入り、ツインベッドの片方にノリを投げ出す。
「I'm at my limit . Let me come inside you .」
言いながら身体に乗り上げ、なにか言おうとしたノリの唇をキスで塞ぐ。
ノリが事前に面倒な手続きや上位争いをするべきだと考えていたことは、なんとなくだけど分かった。けどそんなのに付き合うのも限界。重要なのはもっと単純で切実なことだ。つまりセックスできるか否か。
細い身体をベッドに押さえつける。まったく抵抗のない身体の首筋に顔を埋め、深く息を吸うと、饐えたような体臭が匂った。酒の飲み過ぎだろ、と内心で悪態をついていると、ノリの手が、おずおずと背に乗った。ちょっと満足したけど、実際まったく余裕は無い。性急に服を脱がせにかかる。
しかしノリはジャスよりずっと積極的で慣れていた。こっちがギンギンになっていることに気付いたのか
『待て、おい、ウェイト!』
言いながら自分で服を脱ぎ、『いきなり突っ込まれてはたまらん』と僕の足を開かせると、足の間に屈んで口淫を始めた。テクニックは巧みで、一瞬学ぶべきと思ったけど余裕なんて無くて、すぐ射精してしまった。溜まりきってたんだから、しょうがない。
けどそれで少し余裕を取り戻せた。キスや愛撫を繰り返しながら挿入を目論んでノリの身体をほぐそうとした。だがノリは
『あまり挿入されることは無いんだ。いいか聞け』
男同士のセックスでは必ずしも挿入を伴わない、と教えようとしてたっぽい。けど、どうしても中で吐き出したかった。
だからお願いしたら、結局ノリも了承し、後口を拡げる準備をはじめた。んだけどノリの身体はジャスより慣れていて、いろいろ勝手が違った。
女の子とおんなじだ。男だって個人差があるのだということを僕は学んだ。
けどそうなったらいつもの作業だ。どこで感じるか、どう弄れば反応があるか、観察しながら進めるうち、段々冷静になってきた。ノリが身体を跳ねさせたポイントを執拗に探り、年上の男に声をあげさせ乱れさせることに成功した。
挿入したときは、女の子よりきつい温みに思わず深い息を吐いた。あとはノリを感じさせるよう注意深く動く。
それは努力に見合った効果をもたらした。ノリは掠れた声を漏らし、どんどん快感に溺れていく。さっきまで偉そうによく分からない蘊蓄 を言っていた教師のような男が、快感に喘ぎ正気を無くしていく。その過程は、とんでもなくエキサイティングだった。
何度か中に吐き出し、すっかり満足するまで蹂躙した身体がぐったりとベッドに横たわるのを見て、洗ってやろうと考えた。中出ししたので中も洗うべきと思ったのだ。何度も射精させた身体を浴室へ運んで、中から掻き出そうと指を使ったら喘ぐからまた興奮しちゃって、シャワーを浴びながら挿入した。
『ばか、どれだけ……』
叱咤の声を上げたくせに、やっぱりノリは快感に呑まれていく。ガンガン動いて中に吐き出すまでに、ノリは二度射精した。ていうか最後は精液と言えない薄い液体が出てたけど、悦楽に痙攣する身体にかなり満足した。
あんなに偉そうだったおっさんが、僕の指や舌やペニスで感じまくり、身動きできないほど疲れ切って立ちあがることもできなくなったのだ。これは性的快楽より満足感が高いと僕は気づいた。
いつも通り、なぜなのか、という所までは考えなかったけれど。
翌朝早く、シャワーを浴びてから寮へ戻った。
マンチェスターの学校に比べれば、警備員の巡回も無いこの高校なら、こんな出入りも楽勝だと確認ができて、これからの行動がしやすいことに満足する。
ちゃっかり食堂で朝食を食べていると、同室の旭 がさりげなく向かいに座り、ぼそっと言った。
「Where the hell were you last night ?」
「Just a quick thing .」
口に物を詰め込んだままそう返すと、旭は舌打ちをして睨んでくる。
「If you're going out , make sure you tell me . You're freaking me out .」
昨夜は旭が眠ったのを確認してから出たから、起きたら僕がいなくてビビったんだろう。予定では夜のうちに戻るつもりだったんだけど、つい寝ちゃって朝になっちゃった。
けどこれからも同じことをするつもりだから、今後も協力してもらう必要がある。
「Sorry . My bad .」
素直に謝ると、旭は食事を始めながら、深刻そうな顔でそっと聞いてきた。
「Something wrong ?」
「No , I'm just playing around .」
旭は味噌汁を吹き出しそうになりながら「Just playing ?」と問い返す。
「Yeah , I couldn't take it anymore . I went to have sex .」
すると旭は口に入れかけていたご飯を飛ばした。
「Hey, that's dirty .」
顔を顰めてたら
『はあ? 今なんて?』
旭は日本語で言って、
「No, no, no, no, no , you don't have to tell me now . Later , in our room .」
すぐに箸を振りつつ食事に没頭した。
その日から、僕の評判は地味に変わった。
『勉強熱心で陽気な帰国子女』から『意外とやるやつ』にだ。しかしこの評価はあくまで生徒同士の中だけで交わされたもので、教師や寮長などには伝わっていなかった。
その代わり夜に出ようとすると――今回からは旭に伝えることにしたので、まったく秘密の行動ではなかった――一緒に行きたいという志望者が現れるようになった。
『なあ、今夜出るんだって? 俺らも連れてけよ』
冗談じゃなかった。ピクニックでもないのに行列を作って出るだなんて、そんな露見しやすい行動を取る必要がどこにある?
『勝手に自分で行けば良いだろ』
『そう言うなって。おまえも一緒に出た方が心強いだろ』
(誰が心強いって? 主語が違うだろ)
と思いつつ、ニッコリと笑い返した。
『心配ありがとう。だけど僕は一人の方が楽なんだ。君たちは君たちで行けよ』
しかし連中は執拗だった。だんだん面倒になって、しかしなんとか笑顔を保持しつつ肩を竦める。
『先生に手をつないでもらわないと外を歩けないのか? 幼稚園並みだな』
『そう言わないで、連れてってくれよ。とりあえずどうやって外に出るんだ?』
『簡単だよ。塀を乗り越えるんだ』
『簡単じゃないだろ? 塀は高いし、出入り口には鍵が掛かってる』
『ヘイ、ここの塀には鉄条網でも巻いてあるか? そこに電流が通ってるとでも? それとも監視カメラが? どれも無い。警備員の巡回も無い。乗り越えるのにどんな障害があるって?』
『そういうことじゃなくて!』
『どういうタイミングなら安全とか、そういうの分からないし』
『だいたいどこに遊びに行けばいいのか』
『それにどうやって戻ってくるんだ?』
無碍 に返しても追いすがるような質問の雨が降ってくる。面倒になって手を振った。
『知らないよ。自分で確認しろ』
だが解放はされず、くだらない質問は続く。
『だから、お前についていけば安全じゃん』
『一度成功してるんだし』
『いい加減にしてくれ。自分の頭で考えるということをしないのか?』
寮の廊下で、内心苦り切って、しかし笑顔で応対していると、『それくらいにしとけ』と声がかかった。
『そいつは自己責任でやったことだ。お前らの分まで責任持ちたくないだろうよ』
その通りだった。
何かあったとき、自分のせいにされるのはまっぴらだ。
それに自分の行動が学校側に称賛されるものではないことは自覚している。それを他人に唆 す趣味も無い。欲しい結果は自分自身でつかみとるのが当然だ。そうでなければ達成感も無いし、ごく個人的な欲望の処理に、なぜ他人が必要だと思うんだ?
普通に不思議で、ついに眉間に薄い皺が寄っていた自覚もなく、助けてくれたやつの『なあ、そうだろ?』と続いた声に頷いた。
そいつは同じ二年生の、短髪で背の高い男だった。クラスが違うし話したことも無いが顔は覚えている。生徒会長だったからだ。名前までは覚えていないけど。
とにかく、自分の思っていたことを代弁してくれた男にニッコリと笑いかえしておく。
『その通り』
そして残る連中に笑顔を振りまきながら言った。
『だから遊びたかったら自分で考えてやってね。ああそう、ばれた時こっちの名前出したりしないでほしいんだけど。僕は君たちになんの約束もレクチャーもしていない。証人もいるしね』
そう言って生徒会長を指すと、取り巻いて理不尽を言っていた連中はしぶしぶ去っていった。
『ありがとう。助かったよ』
『おまえのために言ったんじゃない。あいつらのためだ』
面白くもなさそうにそう言った生徒会長に、『へえ?』と声を返すと、彼は人差し指の先で僕の胸を軽く突く。
『おまえは分かってないようだが、ここに入るために、そしてここから上の大学を目指して、ほとんどの奴らがいろんなものを我慢して努力を重ねているんだ。ここの生徒はみんな、将来優秀になって国を助けていく、その為に頑張ってる。アメリカじゃあ違うんだろうが、日本じゃちょっとした失敗が一生を左右することもあるんだ。ちょっと羽目を外したいと思っただけで失敗して、絶望するところなんて、俺は見たくない』
真剣な表情で淡々と言われ、面白い、と笑みを深めた。
『じゃあ、用心深い生徒会長様は、危ないことには近寄らないようにするんだね。挑戦しない人生なんてつまらないと思うけど』
『挑戦はしているさ。合法的な範囲で』
そう聞いて、僕は肩を竦めた。
それぞれの人生だ。好きにすればいい。
僕は自分の行動を制限されたくないだけなんだから。
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