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五部 高校二年-7
面倒な説教をするノリとは、定期的にセックスするようになった。
といってもそう頻繁ではなく、1週間か十日に一度、ノリの都合が良いときに連絡が来て、迎えに来るという形だ。
ノリの言う通りなら男をハントするのは意外と面倒なんだという認識を持ったこと、そして偉そうな年配の男が快感に溺れるさまが気に入ったから、でもある。だがノリを相手にする最も大きな理由は、迎えに来るようになった理由と同じ。あらゆる意味で都合良かったからだ。
なん回目かのセックスをしたあと、すっかり眠ってしまい起きたら朝だった。始業時間ギリギリだと騒いでタクシーで帰ろうとしたところ、ノリが『車がすぐに捕まると思うなよ』と言いながら車で寮まで送ると言った。寮を知られることを渋ったが、転入して一か月もたたずに朝帰りが露見することの方を恐れ、送ってもらうことにした。
そしてノリは、裏側の塀のところではなく門の前に車を付け、寮監に見つかってしまったのだ。
当然、寮監は朝帰りを咎めたので、淳哉はとっさに『おじさんなんです』と誤魔化し、ノリも『ついつい引き留めてしまいまして』と話を合わせた。ノリの車を見送った後、寮監は『ばかもの。こそこそしないで、次回からは届けを出せ』と言い、次いで『良かったな姉崎』とむっつり肩を叩くだけで、叱られなかったのだ。どうやら淳哉の家庭環境についてひと通り聞かされているらしい寮監は、親しくしてくれる"おじさん”に対して好意的だった。
言われてみれば、確かにノリは年齢的にも纏う雰囲気も‟おじさん”で、セックスの相手だとは誰も思わない。そう気付いて、淳哉はすぐに小間へ連絡を取った。
「親しくしてくれる人で、日本のこととか常識とか、いろいろ教えてくれるんだよね。これからも教えてもらいたいし、お世話になると思うんだ。都合いいからおじさんってことにしておいて」
もちろんセックスの相手だとは言わなかったが、当然、小間は訝 しんだ。
『お世話になる方でしたら、私からもお礼が必要でしょう。身分を隠される必要はないのではございませんか』
「いろいろある人なんだよ。詳しいことは後で話すけど、相手に迷惑かけたくないから」
ひとまずはそれで納得したようで、寮監が小間へ確認をしたとき話を合わせたらしい。寮監は、‟おじさん”との外出に限り、点呼に送れようが少々酒気を帯びていようが苦笑するだけで叱責されないので、いっそのこと寮まで迎えにくるよう言った。車に乗って堂々と出かけるようになり、塀を乗り越えずにセックスできるようになったのだ。
のちに小間がノリについて調べたらしく、ノリが何者なのか知りたいと思うか、と聞いてきた。
「いいよ、興味ない」
と聞かなかったが、
『その方とはどういった経緯で出会われたのですか』
とか、うるさかったので本当のことを話した。
「だからさ、そこらへんの女の子と遊ぶより安全だと思わない?」
『確かに口外はなさらないでしょう、お立場もあるでしょうし。よろしい、その方は利用されるとよいでしょう』
小間公認となったこともあり、これ以上都合の良い相手はいないと確信できた。
もともと米国時代から、容姿や年齢にはさほどこだわらず安全にセックスできればOK! とガールハントしていたが、これほどメリットのある相手は、過去にいなかった。
早い時間から出かけるようになると、ノリは食事やバーに淳哉を連れ出し、酒について思う存分話してからホテルに行くようになった。正直、セックスできれば細かいことはどうでも良かったのだが、ノリが機嫌よくなってさっさとヤルことヤレるのはメリットだったし、同じ話を何度も聞くのが面倒というのもあり、ちゃんと話を聞いて覚えることにした。
学ぼうと思えばしっかり体得する習性のある淳哉は、そのうち酒の味が分かってくると、好みがハッキリしてきた。
『それあんまり好きじゃないな』
『あれが飲みたい』
いつも通り自分の主張を通そうとする態度は、ノリの言うままではない主張をするようになっているのだが、ノリはかえって喜んで、店で飲まずにホテルに酒を持ってきたり、合うつまみについてなど、料理についてもレクチャーするようになった。簡易キッチンのあるようなホテルに行くと、ちょっとした料理をすることもあり、なかなか多彩な人だなと感心した。
何を教えてもすぐ覚えるので面白くなったのか、やがてレクチャーの幅が広がっていった。
スーツの歴史から始まりシャツやネクタイの粋な合わせ方とか、服装と靴の意味、その合わせ方の基本と崩すときの方法論だとか、ベルトやタイピン、カフスなどについてだとか。そのうちのいくつかは過去にマウラの薫陶を受けていた部分だったが、ノリのレクチャーはそれより俗っぽく即物的で成金趣味も入っており、面白くはあった。そして、とことん偉そうにするのが好きなんだなあと、ある意味感心もした。
そのうちプレゼントと言ってブランドのアクセサリーや香水などを買ってきて、それについてについてレクチャーし始めた。必要か否か疑問の残る知識が増えていく。
そんな状態が二ヶ月ほど続いて、ノリは賃貸マンションを借りた。淳哉と会い、セックスするためだけの部屋だ。
『人目につかないし、ゆっくりできるだろう』
ノリは自慢げだったが、確かに淳哉にも都合が良かった。その住所を寮へ報告しておけば宿泊も許されるのだ。淳哉は帰寮が翌朝になってもOKになった。
まったく都合の良い相手を見つけたものだ、と淳哉は自分を褒め称え、満足した。
もうひとつ、淳哉にとって大きなメリットは合気道だ。学校に合気道を学べる環境はなかったのだが、今まで年に一度、昇段試験を受けるために行っていた道場から紹介を受け、寮の近くの道場に通うようになった。切磋琢磨できる相手もいて、本場で学べるというのはこういうことかと夢中になった。
ノリと会うようになってからも何度かガールハントしたのだが、セックスしたいという欲望は、女の子を十人抱くよりも一度ノリを抱くことで満足する何かによって希釈され、十日か二週間に一度の逢瀬でおおむね満足できた。ゆえに以前のような頻繁なセックスは必要無くなっていた。
なぜなのかについて、淳哉はいつも通り考えずに放置したのだが。
淳哉はこの国に戸籍があり、なにをしても追放はされない。
それは自由を予感させる部分で、日本に行く意味について考えた時、合気道の道場に通えるということ以外では、唯一明るい気分になれることだったのだが、実際来てみれば姉崎の名前を穢 すなと言い続ける小間のせいで、予想したような自由を満喫できる状況にはならなかった。
そして自分を優秀に保ち、早く力を持ちたいという欲望は、やはり強く淳哉の中にあり、そのために必要と思うことは何でもやらずにはいられなかった。ゆえに勉強はもちろん、日本語の会話スキルを磨く、筋トレにジョギングも日課に加えて身体を作るなど、自分を高める行動は継続している。
寮内や教室で付き合うメリットのある相手を見定めて、そういう相手ならバカな話で盛り上がることも厭わない。米国にいた頃と変わらないくらい、毎日をより楽しく過ごせるように心を砕き、自分の状態を良いところに持っていく。
なにもかもが必要に思え、何もかもやらなければならない。そんな気分になりがちだった。
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