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二部 最初の学校3

 淳哉は徐々に自信を持つようになっていた。  自分が可愛いことは知っていたけれど、勉強とか運動とかでも、努力するまでもなく勝てるのだと知ったのだ。  けれど同年で勝つくらいで満足なんてできない。もっと強くならなければならない。だから身体を鍛えようと考えたし、もっと学ばなければと思い、たまり場にも本を持ち込んで勉強するようになった。  寮の六人部屋は一緒に入学した生徒が入っている横並びだった。ここは眠る為、そして私物を保管する為の部屋で、勉強するための部屋も食堂も別にある。  お菓子やゲームなど欲しがるものを与えたし、お前らとはランクが違う感を出しまくったからか、誰も淳哉に逆らわなかった。なので最初のうちこそ一緒に行動していた同部屋の連中も、淳哉が上級生と行動を共にするようになると、それぞれ気の会う奴を見つけ、それぞれで行動するようになっていた。  そんなある日、夕食にはまだ早い時間に部屋へ戻ると、二人が昼寝をしていて、もう一人はマンガを読んでいた。後の二人は姿が見えない。  淳哉は自分のベッドへ行き、鍵付きの引き出しからバッテリーを取りだして、肌身離さず持ち歩いているPDAに装着し、ベッドの中に潜り込んで電源を入れた。そう注意されていたから、部屋の外で使わないようにしていたのだ。  立ち上がったので、まずメールをチェックすると、別に待ってもいないメールが五日ぶりに届いていた。すぐに開いたが、文面はいつも同じ。 『報告を』  淳哉は淡々と今週覚えたこと、懇意になった人などについて打ち込み、送信する。返信は二日後のことも、十日後のこともあるけれど、いずれ知識についての有用性や、出会った人物に関してのコメントが返ってくる。  これは淳哉が信頼しているもう一人、タカオ・アネサキだ。PDAを淳哉に与え、人前で使うなと注意をしたのはこいつだ。  タカオが父親だということは理解している。ユキヤが兄なら、こいつが父なのだと考えるしかない。けれどお父さんと呼んだことなど無いし、信頼しているのも父だからではない。甘いことも優しいことも言わないけれど、むかつくくらい本当の事を言うからだ。  お母さんはいつも『愛しているわ』と言ったけれど、現実が厳しいことも同じくらいいつも言っていた。 『優しい顔をして近づく人を信用してはダメ。聞くのが辛いことを言う人、でもそれが本当の事なら、その人は信用して良いわ。あなたを甘やかさない人なら、信じてもおそらく大丈夫よ』 『ユキヤは? 優しいよ?』 『あの人は優しすぎて、あなたを守る事はできないでしょう。誰にでも優しいから、他の誰かのことを考えて、結果的にあなたにマイナスになることをするかも知れない』 『……そうなんだ』 『私達に、味方はいないと考えなさい。見た目で私達を甘く見て、利用しようとする人は必ず現れる。気をつけなさい』 『お母さん、ぼくだけは味方だよ』  淳哉が言うと、お母さんは嬉しそうに『そうね』と抱きしめてキスしてくれた。  それを思い出す度頭痛がして、吐き気まであった。それでもお母さんの顔を思い出したかったが出てこなかった。  やがて思い出そうという努力を放棄した淳哉は、漠然と思った。 (お母さんは、いつかこんな状態になるって知ってたんだ)  一緒にいられなくなって、それぞれ自分を守らなければならなくなる。だからいつも淳哉にああ言った。『ぼくが守る』と言えば嬉しそうにしたけれど、信じてなかった。  そんな風に、世の中が自分の望む通りにならないのは、淳哉に何の力もなかったからだと理解している。お母さんにも力がなかったのだ。  以前持っていた、大切だと思っていたものは全て、弱かったからあっさり取り上げられた。でもこれからぜんぶ手に入れる。力も、ものも、お母さんも。  その為に利用できるものはなんでも利用する。タカオがなんで淳哉にメールをよこすのか、理由は知らない。けれどタカオは使える。少なくともあいつは、お母さんを大切にしていたはずだ。その点だけでも信用できるし、真顔で本当の事だけ言うから、信じてもいい。  もう一人、信頼できるマウラは言った。 『あなたはまだ弱い子供なの。自分自身を自分で守る事はできないのよ。ですから警護されなければね。ここならセキュリティもしっかりしているし、安心と言えるわ』  その上で、人種であるとか出自であるとか、そういうもので差別を受ける可能性や、それが陰湿なものである場合もあると言った。 『学校というところは、大人には介入できない部分があるわ。寮ごとに自治組織があって、学長でも毎日確認するのは不可能。つまりここに行けば、私自身がジュンを完全に守ることはできない。けれどSOSをくれたなら、必ず動くと約束します。私はミスタ・アネサキから依頼を受けてあなたを受け入れたのだから、これはビジネスですもの』  マウラは優しいけれど、淳哉をきちんと大人扱いするし甘いことを言わない。だから信用できる。  この学校へ行くことになったと聞くと、たいていの人が『素晴らしい学校と聞くよ』『なかなか入れないのに凄いな』と祝福した。施設の職員の人とか、女の子とか、優しくしてくれたお兄さんとか、ちょっとしかいなかったのに別れを惜しんでいた。 『むこうに行っても忘れないでね』 『手紙をちょうだい。返事を送るわ』 『頑張って勉強するんだよ』  もう名前も顔も覚えてないけど。 (不必要なことを覚えてる余裕なんて無い)  淳哉は、覚えるべき事がたくさんありすぎて、時間が足りないと感じていた。だから部屋の掃除とか、どうでもいい雑用は、同じ部屋の奴にやらせていた。くだらないものが欲しい奴はいて、そういうものを渡せばいくらでも言う通りに動く。  そうして浮いた時間に、必要だと思う知識を詰め込み、身体を鍛えた。有益なもので自分の中を満たす必要があったからだ。  送信を終えて、淳哉は端末を落とし、バッテリーを元通り鍵付きの引き出しにしまいこむ。  そして準備をして勉強部屋へ向かった。  今、淳哉にはなにも無いのだ。一つでも多くを学ばなければならない。

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