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六部 Lovers-24
日曜日は淳哉の仕事がないので、ゆっくり朝食を楽しめる。淳哉はあっという間に食い終えてしまうのだが。
以前ゆっくり食事することにトライしたことはあったが、そういう挑戦はやめたようで、コーヒーを飲みながら、機嫌よさそうに話している。今日は大学受験の頃の話だ。
「そんで、言った通り合格したわけだ?」
野菜たっぷりのスープに堅めのパンを浸して食べる。
「そうそう、兄の顔は見物だったよ」
「すげえな。……お、これうまい」
「いいでしょ。サラダもコールドチキン入れたら良いかなと思ってさ。良質のタンパク質も取れるし、これなら野菜も食べやすいでしょ?」
「ああ、マジでうまい」
元々朝食は食べなかった透だが、それは朝から米を食えないということだと察知した淳哉が作るのはパン食だった。サラダやスープ、ヨーグルトなど、どれも胃に軽く口当たりがよいので、透も毎日食べることが苦ではなくなっている。淳哉さまさまだ。
「そんで、そん時貰ったのがあの車なんだな」
「うん」
淳哉の愛車は今でも、兄から贈られたというオールロード・クワトロだ。マメにメンテナンスをして、大切に乗っているので、入手して7年たった今でも快調なんだと何回も自慢されている。モデルとしては型落ちと言われがちだそうだが、今のところ他の車に乗るつもりはないと言っていた。
一時は大げさにも絶望に打ちひしがれていた淳哉だが、学園祭が終わってからの顧問業務は土曜日のみで、帰宅が二十三時になるのは週一回だった。日常を取り戻せたことで情緒も安定したようで、だらだらと甘えてくる時間も減っている。こういう所は小学生並みに単純だなと思いつつ、それも可愛いと思ってしまう自分も終わってるなと、透は自分に苦笑する。
このところ穏やかな日々が続いているというのも、淳哉の安定と関係あるかもしれない。
透の体調も安定しているし、仕事も順調。淳哉も真面目に学校へ通っているので、きちんと仕事しているのだろう。
今日は休日だから、朝飯あとはダラダラするか、買い物に出るか。たまに遠出することもある。天気も良いようだし、どこかへ行く計画でも立てているのか。
食事を終えた透は食器を片付け、紅茶をいれた。淳哉もキッチンに来て、コーヒーのお代わりを落としはじめる。
紅茶をもってソファへ行くと、キッチンから声が聞こえた。
「ねえ、透さん。今日は温泉に行かない? マッサージもしてあげる」
「温泉か。いいな」
病気のせいで長湯はできないが、温泉は好きだ。
「じゃあ車出すね。アイドリングしておく」
すぐにキッチンから飛び出し、玄関へ向かおうとするので、慌てて声をかける。
「おい、コーヒー飲んでからにしろ。そんな急がなくても温泉は逃げないぞ」
「あ、そっか。はーい」
コーヒーメーカーからカップに移したコーヒーを大急ぎで飲もうとして「あつ、あつ」などと言っている。
「ばか。ゆっくり飲めって」
笑ってしまいながら、透はゆっくりと紅茶を飲む。
こんな平穏な毎日が、いつまでも続くことを心から祈りたい。だが、けしてそうならないことも分かっている。
自分が死んでしまったら、淳哉は一体どうなるのだろう。
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