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六部 大学生

※この部分は『意地っ張りの片思い』https://fujossy.jp/books/9710 に詳しいので、よろしければこちらもご覧ください。    ――――――――――――  賢風寮は古臭い建物だった。  でも今まで住んでたコンコードやマンチェスターの寮は、当たり前にネズミが走り回ってたんだ。あれと較べたら、ぜんぜん問題ないレベル。ていうかボロくても僕ら1年生が毎日掃除するから清潔だし、部屋が散らかりまくってもネズミは出ない。Gは出たけど、あいつらはお菓子を食わないし臭くないからネズミよりマシ。  そしてこれからの生活で使えそうなやつも、すぐに見つけることができた。  そのうちの一人が丹生田(にゅうだ)健朗(たけろう)。  体はでかいが小心で、自己防衛本能に特化しているようなやつ。こういう奴は一回恩を感じると従順になったりするんだ。いかつい奴だし、身近に置いておくと何かと都合よさそうだと思ったんだけど、丹生田のには藤枝(ふじえだ)拓海(たくみ)という面倒な奴がひっついていた。  容姿は十分すぎるくらい目立つのに自覚なく、直情的で理屈より感情を優先するタイプ。こっちは絶対思い通りに動かない奴だとすぐに分かったんだけど、常にそばにいるので丹生田攻略は諦めざるを得なかった。  でも楽しく遊べる連中はいたし、その中に結構クレバーなのもいた。こっそり根回ししておこうと考えた時、自分が目立つのはよーく分かってるので、あまり目立たない小松にやらせたんだけど。コイツは意外にもクレバーで細かいことに気が付くし、かなり便利だった。  小松のやりようを見ていると、自分がかなりおおざっぱなんだという自覚ができた。そしてクレバーな奴ってのは、ただ従順に言うことを聞くわけじゃないってことも分かった。  交換条件を提示するとか、小松の利益も図ってやる必要があった。そこから、こういう動ける奴をうまく使えるようにならなければ、という課題を見出せたし、方策を考えるきっかけになった。  今現在の自分に足りないものを自覚するのは、正直イイ気分じゃなかったけど、今後身につけるべき力を考える必要があった。だから寮内の動向や先輩たちとの関係性、学内でもマウント取りたがる連中とのやりとりとか、さまざまな事象の中で学ぶべきと思われることを具体的にイメージすることができたってことこそ収穫だと考えたし、もちろん新たな課題を見つけるたびに克服するための方法を考え、実行した。うまくいかないこともあったけど、いろいろと得るものの多い生活を送れていたと思う。  結果的に寮全体を動かして、全館にエアコンを設置するという目標を達成することができたし、寮祭も実現できたしね。  んだけどこの寮祭が、まったく思うようにいかなかった。まず寮生たちのすみずみまで僕の意思を徹底させることに失敗した。赤字にこそならなかったけど利益は出なかったし、僕はこの寮祭という事業に失敗してしまったんだ。なのに…… 「ホントにアホだな。成功したじゃん。ちょい黒字になったし、みんな片付けしてるときも楽しそうだったし」  忌々しいことに、藤枝に慰められた。 「やって良かったよ、寮祭。つうわけで今日夜十時から集会室で反省会やるからな! ぜってー来いよおまえ! 反省会のとき言い出しっぺいねーと、誰に文句言うかみんな迷うだろ。ちゃんと来て、吊し上げられろよな」  そうか、と納得し、覚悟して向かった集会室。だが驚くべきことに、寮生たちは本当に成功したと感じているようだったのだ。  そしてニヤニヤとこっちを見ている藤枝の様子に、強い感情が動いた。  根回しをするでもなく、周りを巻き込んで事を成す藤枝。周りの連中は藤枝に従っているわけではなく、どちらかというと「しょうがねーなー」という感じなのに、結果的に物事は丸く収まる。それを自分の手柄とせず、バカみたいに笑ってる藤枝に向けて動いたこの感情。  これは嫉妬だ。  今まで藤枝に対して感じていたのが嫉妬だったのだと、このときはじめて気づいた。  それまで他人を羨んだことなど無かった。それぞれパーソナリティが違うのだから、持っているもの、与えられるもの、得ているものは当たり前に違う。ゆえに他者と比較するなど無意味だ。  まして僕は他人にないものをたくさん持っているし多くを与えられている。そう考えてきたし、それは間違っていないと思っている。  だけど、羨ましくなった。なってしまった。  『人を惹きつける』能力。いや素質。  容姿や言動や、様々な要因から気づくと人の中心にいるような人間。  僕は自分をそういう一人だと自覚していたし、活用してきたつもり。だが僕の持っているそれは、無自覚に人を振り回す藤枝に敵わないのでは? そんなことは許容できない。では彼と同じことをするのか? それで彼のような能力を手に入れることができるのか?  いや違う。藤枝と僕とじゃパーソナリティが違い過ぎるし、あんなバカみたいな言動をしたいとは思わない。絶対に嫌だ。  なら、どういう方法論をもってすれば、藤枝を凌駕(りょうが)する能力を手に入れることができるのか。  僕は考えた。  曖昧なまま勢いで動く時期は過ぎたのだ。望む結果を導けるよう考えなければならない。  藤枝が持っていない部分、アイツより僕の方が優れているところはなんだ?  まずバカじゃないところ。僕はアイツより考える力があるし、実行力もある。小狡いと言われることもあるけど、結果を見通して動くなんて、あのバカにはできないだろう。間違いなくここは勝てる。フィジカル的にも勝ってる。藤枝とケンカしたら瞬殺できる。  そして資金力とバックボーン。僕には使える者たちがいる。単なる学生ではない、使える人材が。  使えるものは使う。侮ってくるならその心理を利用すればいい。少し悔しいと感じる部分なんて、目的を達成するというタスクの前で小さなことだ。  僕は小間に連絡を取り、大学入学してからおざなりになってた『父の希望に添う』方向の努力をすることを約束した。そのために使う時間が増え、寮での活動に支障をきたしたので自治役員の仕事はできなくなるのが見えた。それは同じ役職の橋田ってやつに丸投げした。できるやつだから問題ないってことで。  そして来栖を使って大学内の人脈を探り、使える人材を増やすことも考え、実行した。  このころはもう、来栖とセックスしなくなってたんだけど、あのマンションはそのまま借りていた。  ていうか来栖は小者(こもの)でしかなかったんだって気づいたんだよ。  高校生の時はよく分かってなかったけど、大学に入ってしばらくして 「あれ、このひとって偉そうな自分を誇示してただけなんじゃない? な~んだ、たいしたことないな~」  なんて思った時点で、それまで来栖とのセックスで得ていた満足感が薄れてしまったんだ。そうなったら50歳近い来栖の身体には魅力を感じないし、ヤりたいって思わなくなって。僕ってその気になってなくてもヤろうと思えばヤれるトコあるんだけど、そこまでしてヤるの? というか、もういいやあって感じ。  でも僕は来栖の性志向を知っている生きた証人で、隠したいアイツは僕に従うしかない。  使えるモノは使おうってことで、僕は来栖が借りたこの部屋を、寮ではできない会合のために使うようになった。あ、もちろん家賃は僕が出したよ? 名義が来栖のままってだけだし、なぜか来栖はちょくちょく部屋に顔出すし、役に立つ部分でお願いすることもあったから、縁が切れはしなかったんだけど。  けど、そんな感じで動いてたら、ちょっと目立ったらしい。  サングラスとマスクを装備した壮年の男が、いつものように部屋に来た来栖を脅して、むりやり部屋に入ろうとした。その時はたまたま誰かが部屋にいて、チェーンロックをかけてたしボロっとなってる来栖を見て警察を呼んだんで、男は来栖を放置して逃げた。実質的な被害はなかったんだけど、あれは誰だとなるよね?  分かりやすい解として、父の奥さん陣営の連中ではないかとなる。どうやら僕の動向を察知して、彼らにとって良からぬことをしているのではと動いたんじゃないか。さらに調べたところ、マンションの別の部屋に変な奴が出入りするようになったことが分かったので、直接的な被害を被る前に、来栖に言って部屋を引き払うことにした。  そして寮に戻るのもまずそうだと考えた。  なんだかんだ言って賢風寮は気に入ってるし、愛すべき能天気な連中に怪我なんてさせたくないし、あの中に敵がいるかもとか考えるのも嫌だし。  賢風寮は部外者立ち入り禁止だけど、もちろん寮生すべてが僕の味方だなんて思ってない。たださ、父の奥さんが寮の誰かに手を伸ばして、僕を害そうとする可能性だってゼロじゃない、なんて言われたらね。戻るのやめとこうって思うじゃない?  で、小間が安全だって言ったホテルに移ったんだけど、それからがちょっと大変だったんだよね。  大学以外は外出するな、運動はホテル内のジムを使え、なんて勢いで言われちゃう日々だよ。講義受けるための外出はしたけど寮にも戻らないでさ、ほぼカンヅメ。  せめて部屋で楽しいことしたいじゃない? 遊び仲間呼び出して騒いだりしてたんだけど、すぐ小間にバレて、あっち陣営を刺激しないよう慎重になるべきとか説教するし、なんかウンザリしてた。  でもこれは、自分の力が足りないからだ。  そういう奴らに対して行使するべき力が僕に無いから、小間が防壁を立ててる。彼らにとっての勝ちが、僕の母に対して行ったことと同じだとしたら、負けたら次は無いってことだ。小間が神経質になるのも仕方ない。  そして考えた。僕はどうするべきだ?  今足りないなら使える者は誰だろうと使えばいい。汚い手でも何でも使ってやれ。経過がどうだろうと結果として勝てばいいんだ。  そう、僕は少しでも早く、強く賢くならなければならない。  行動を制限されても、力を蓄える準備を怠る言い訳にはならない。できることはやった。父や小間のためだけではなく僕自身の為に。  今まで通りレクチャーを受け、情報収集や人材確保も続けてた。といっても、もちろん遊び仲間を呼び出して遊んだりはしてた。小間にバレないよう方策はちゃんと考えてね。僕だって賢くなるんだよ。

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