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22、深い絆に

   その夜、結局御門は国城邸で夕食を食べて行くことになり、そのまま蓮の自室に泊まることとなった。  葵と結糸と、そして御門と。四人で食卓を囲むなど初めての経験で、初めのうちはどうにも緊張してしまったけれど、葵と御門の親しい会話に助けられ、楽しい夕餉のひと時となったのである。  夜も更けて、御門が帰宅しようと腰を上げたところ、葵が「泊まっていけばいいだろ。もう家族なんだから」と言って御門を引き止めた。  その一言で、蓮はようやく、御門はすでに蓮の家族になっているのだということを実感した。番とはつまり、巣を一つにして共に暮らす家族だ。ずっと、一人きりで生きて行く未来しか思い描くことができなかったというのに。  こうして手に入れた絆を、さらに次世代へと繋いでゆくか否かという選択について、蓮はずっと考えていた。しかしこれは、蓮一人では選びようのない選択肢である。  + 「子ども、ですか?」  窓際のソファセットに腰掛けた御門が、蓮のほうを見やりながらそう言った。「お前、子どもは欲しいのか?」と、蓮が尋ねたからである。 「子どもかぁ……そりゃあ、欲しいです」 「……そうか」  御門の返事を聞いて、蓮は若干言葉に詰まった。しかし、その返答は予想していた。御門は御門で一企業のトップであり、名門の家系の長男である。後継者が多いに越したことはないだろう……とは考えていた。  しかし、きっぱりと『欲しい』と言われてしまうと、蓮自身、まだまだその役割を果たせそうにないことをはっきりと認識してしまい、多少ならずともたじろいでしまった。 「蓮さまは、どうなんですか?」 「……僕にはよく分からない。君とこうなるまでは、アルファに抱かれることさえおぞましいことだと思っていたのに、子を孕むなんてことまでは……」 「そうですよね。……そうなんじゃないかなって、思ってました」  御門はそう言って微笑むと、向かいのソファに座っている蓮の方へとやってきた。そして蓮の前で跪くと、すっと蓮の手を取った。 「当然、すぐに欲しいとは思ってませんよ。蓮さまはずっとアルファとして生きてきたんだから、急にはそんな気持ちになんてなれませんよね」 「……まぁ、そうだな」 「それに俺、未だに蓮さまのことをアルファだと思ってしまうことがあって」 「そうなのか?」 「片想いだった時期が長かったでしょ? その間、蓮さまは俺の中でずっとアルファだった。だから、未だにあなたをオメガだと認識できてないような気がするっていうか……。だから俺もまだ、そういうことをリアルには考えられないのかも」 「そうなんだ」  そういうこともあるものなのか……と思いつつ、蓮は手の甲を撫でる御門の長い指を見下ろした。この指先で散々高められ、追い詰められ、泣かされたことをふと思い出すや、じわっと全身が熱くなる。 「けど、これから先、もしも、蓮さまに『こいつの子なら産んでやってもいいかな』と思える時が来たら……すごく嬉しいです」 「……そう」 「でも俺、今はただこうして蓮さまのそばに居られることが、すごく幸せなんです。あなたがこうして、俺の腕の中にいてくれるだけで」 「ん……」  ちゅ……と手の甲にキスをされ、蓮はぞくりと身を震わせた。そんな蓮の反応を見て、御門は上目遣いに微笑むと、隣に座り、ぎゅっと蓮の身体を抱きしめた。 「く、苦しい……離せ。ここには、葵だっているんだぞ」 「大丈夫ですよ。葵の部屋、この部屋から一番遠いところにあるじゃないですか」 「……そうだけど、でも、」  ぐ……と御門の腕に力がこもり、蓮の身体をさらに強く抱き寄せる。御門を制止しようと思っていたはずなのに、こうして抱きしめられると、あっけなく言葉を失ってしまう。 「僕はもう、発情してない。こういうことは、」 「発情期じゃないと、ダメですか?」 「え?」 「俺はいつでも、あなたに触れていたいです。夕食のときだって、蓮さまに触れたくて触れたくて、どうしようもなかった」 「ふっ……ん」  やんわりと唇を塞がれ、甘いため息が漏れてしまう。御門はそっと訪(おとな)いをたてるように蓮の唇を舐め、大きな手で蓮の腰をぐっと引き寄せた。 「まっ……待っ……ンっ……やめろ馬鹿……!」 「そんな可愛い声でやめろと言われても、もっとと言われてるようにしか聞こえませんよ」 「ん、ぁっ……」  御門は蓮をソファに押し倒し、興奮の滲む雄々しい目つきで蓮をじっと見つめている。その視線で射抜かれるだけで、蓮の肉体は熱くなった。  耳たぶを指先で弄ばれながら、もう一度深く重なる唇。自分の家で、すぐそこに弟がいるのに、御門といけないことをしている――そんな今の状況に抵抗を感じているにもかかわらず、蓮の肉体はどこまでも快楽に素直だった。 「ぁ、あっ……んっ……なんで……」 「なんでって?」 「発情期でもないのに、こんなっ……」 「こんなって? ココのことですか?」 「あっ、ぅ……ぁ」  膨らみ始めている股間をつうとなで上げられ、蓮は思わず全身をびくつかせた。気づけば呼吸も上がっていて、頬がじわじわ熱くなる。蓮は迫ってくる御門の胸をつっぱりながら、ふるふると首を振った。 「やめろ……!」 「本当に、いや? やめますか?」 「えっ……?」  やめて欲しいわけがない。もっと御門に触れていたい――そういう想いを素直に言葉にできたらいいのだが、これまで頑ななまでに『アルファ』を形作っていた蓮のプライドが邪魔をする。言いたいことを言えないことがもどかしく、蓮はぎゅっと唇を噛み締めて御門を睨んだ。  こんな顔をしていては、以前のように御門を傷つけてしまうかもしれないと思ったが、御門は蓮の怒った顔を見て、とろけるような笑みを浮かべた。 「あなたはかわいい人ですね、本当に。……はぁ……マジで落ち着け俺……」 「か、かわいいだと……」 「そんな顔して睨まれたって、全然怖くありませんよ。どうしてかな、今ならあなたの気持ちが手に取るように分かります。どこをどう触られたら、イイのかってことも」 「ん……っ……」  御門は蓮の首元に指を滑らせ、ゆるく結わえられていたネクタイをしゅるりと解いた。  すぐに露わになる白い首筋には、番の証がくっきりと刻まれている。御門はぐっと身を乗り出して蓮をソファの上に組み伏せながら、熱く濡れた舌で、淫らに蓮の首筋を舐めくすぐった。 「ぁっ……ぁ、っ……!」 「俺、もっとあなたを愛したいです。ヒートで理性を失っていた蓮さまも最高にエロかったですけど、こうして、理性と本能の狭間で恥じらう蓮さまも最高だ」 「えろっ……、げ、下品なことをいうな馬鹿っ……!」  御門の言葉に羞恥心をくすぐられ、カッと頬が熱くなる。蓮は上にいる御門を突き放そうと試みたが、いつのまにやらはだけられていたシャツの下で蠢く御門の手の動きや、首筋や鎖骨を這う御門の唇の感触が気持ちが良くて、どうにも力が入らない。  そうこうしている間に御門の唇はさらに下へと降りていて、蓮の桃色の尖りを音を立ててしゃぶり始めた。 「ん、っ……ぁんっ……!!」 「ここ、舐められるの好きですよね? 自分でおっしゃってましたから」 「へっ? じ…………自分でおっしゃった?」 「『そこ、好き』『もっと舐めて』って、おっしゃってましたよ。自分から胸を突き出して、いやらしく腰を振りながら」 「っ……うそだっ……! そんなの嘘っ……ァ、あんっ……ん、やぁっ……」  じゅうっときつく吸われながら、もう片方の手でくりくりと敏感なそれを弄ばれ、蓮は顔を真っ赤にしながら身悶えた。  自分で言ったかどうかは全く覚えがないけれど、御門にそこを舐められるだけで、びりびりと甘い快感が全身を駆け巡り、ずきんと身体の奥が疼き出す。ペニスにも一瞬にして熱が滾って、スラックスの中で苦しげに涎を垂らしている。 「ぁ、あ、あんっ、んっ……!」 「きれいですね……。薄いピンクで、小さくて、穢れを知らない。なのにこんなにもあなたを乱れさせるなんて、本当にいやらしい」 「ぁ、あっ……ばか、やめろ……っ……!」 「やめて欲しいなんて、思ってないくせに」 「あぁっ……ぁんんんっ……!!」  淡く歯を立てられ、もう片方はきつくつねりあげられて、蓮の全身がぶるると大きく震えた。どうやら胸への愛撫のみで達してしまったらしく、恥ずかしさのあまり蓮は両手で顔を覆った。  どろりと熱いもので濡れた下着の感触が、気持ち悪い。それでもなおじんじんと疼いて、浅ましくも愛撫を欲しがる肉体は、もはや蓮のいうことを聞いてはくれないらしい。 「乳首だけでイくなんて、本当に、あなたって人は……」 「はぁっ……はぁっ……ばかっ……おまえのせいだぞ……っ……」 「ええ、俺のせいです。その責任は、ちゃんと取りますから」 「んっ……」  御門は、くったりしている蓮からスラックスと下着を抜き去った。そして、蓮の片脚を肩の上に担ぎ上げると、とろりとしたもので濡れた白い内腿を、赤い舌でゆっくりと舐め上げる。  屈辱的な格好をさせられていることにも、御門がためらいもなく体液を舐めているという絵面にも、蓮はいいようのない興奮を覚えていた。はぁ、はぁと呼吸が速まり、もっと深く激しい愛撫を欲して、最奥が甘く疼いて止まらない。 「あぁ……っ……」 「俺に、欲情してくれてるんでしょう? 味で分かります。……こんなにも、甘い」 「ばか、いうなっ……」 「こんなにも欲しがってるくせに、強がりばかり言って……。マジで、めちゃくちゃ可愛いですよ」 「っ……ンっ……!!」  つう……と愛液でぬるりと潤んだそこに、御門の指があてがわれた。そこをぐちゃぐちゃにかき乱して欲しいのに、御門の指先は窄まりのあたりを撫で回すばかりで、一向に中へは入ってこない。  すっかり焦れてしまった蓮は、涙目になりながら御門を見上げた。御門も蓮のフェロモンにすっかり影響を受けているらしく、普段は爽やかな目の中に、猛々しいものが暴れ狂っている。 「陽仁……っ……」 「すごく、濡れてますね。ひくひくして、俺を誘ってる」 「も……いいからっ……そんなの、いいから、はやく……」 「早く、どうして欲しい?」 「ぁあっ……!」  ちゅぷ……と指先だけが蓮のそこに挿入された。思わせぶりに指先だけを抽送しながら、御門はまた、蓮の敏感な胸を舐め回し始める。  ――欲しくて欲しくてたまらない。もっともっとたくましくて、凶暴な御門のもので、最奥を突いて欲しい……!   願望は暴れ狂うが、蓮はどうしてもそれを口にはできない。蓮がただただ喘がされているうち、御門の舌の動きは激しさを増してゆく。 「あっ!! ァんっ……!! はるひとっ……、やめっ……!」 「ほら……乳首を舐められると、こんなに俺を締めつけて」 「あぁ、あんっ! ……イキそ……だから、やめ……っ! ゆびでイかされるのは、いやだ……!」  身をよじりながら蓮がそう叫ぶと、御門は色っぽく微笑んで、ぬるりと指を抜き去った。そしてベルトを緩め、スラックスを少しずらしただけの格好で、雄々しく張り詰めた屹立を蓮の下肢にすり寄せる。 「ぁあ……ん」 「俺のこれで、イきたいですか?」 「……っ……イきたい……! だから、さっさと挿れろ……!!」  今の蓮には、それを言うだけで精一杯だ。恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなかったが、その後に与えられる素晴らしい快感を、蓮の身体はすでに知っている。  自ら少し脚を開いて、無言で御門を見上げると、御門がごくりと喉を鳴らした。 「……すみません。今夜も、寝かせてあげられそうにないです」 「え……ぁ、ぅっ……ん、んンッ……!!」  求めていたものが、ぐぐ……と蓮の中へと入ってくる。奥までねっとりと潤んだ内壁をかきわけて、猛々しいものが、蓮の本能に火をつける。 「ぁ、ああんっ、んんっ……!!」 「……きつ……。蓮さま、挿れただけでイっちゃったんですか……?」 「はぁっ……はぁっ……はるひと……っ……」 「もう、マジでかわいい……。俺……こんなに幸せでいいのかな……」  御門は、奥まで肉を埋めた状態で、ゆらゆらと腰を上下に振った。蓮の中をきつく満たす御門の屹立で、イイところを余すところなく刺激されれば、蓮は「ア、あ、ぁん!」とはしたなく嬌声をあげてしまう。  不意に力強い腕に引き寄せられ、御門の上に乗せられる。そして、するりとシャツを脱がされた。御門はほとんど着衣を乱していないのに、蓮ばかりが肌を晒す格好だ。しかし、それに文句を垂れる間も無く、力強く腰を掴まれ、下からずん、ずん、ずんと突き上げられて、激しいピストンに翻弄される。 「はるひと……っ……! ぁ、あっ、あん、んっ!」 「きれいです……。エロく乱れる蓮さまも、すごくきれいで……」 「ぁ、ああ、や、深いっ……ンっ、んぁ、あぁっ……!」 「愛しています。蓮さま……はぁっ……っ……」 「ん、んっ……ぁ、あんんっ……!!」  ひときわ強くかき抱かれ、深く舌を絡めあいながら最奥を穿たれ、蓮は御門にすがりつきながら絶頂していた。同時に奥で熱い体液がどぷりと放たれるのを感じ、蓮はぶるりと身震いをする。  ――発情期以外は孕まないと聞いたけど……こんな愛され方をしていたら、僕は……。  プライドの陰から顔を出すのは、純然たるオメガの本能なのだろうか。  魂の番から与えられる深い愛情と、果てのないような甘い快感、そして、揺るぎのない安堵感に、蓮の心が揺れている。  ――陽仁となら……育んでいけるかもしれない。僕らの血を継ぐ、子どもたちを……。 「陽仁……」 「……ん?」  御門はうっとりとした表情で呼吸を弾ませながら、汗に濡れた蓮の肢体を手のひらで撫でた。そして首に絡められた蓮の腕に、御門はふと目を留める。 「ぁ、どこをっ……」  痛々しい腕の注射痕に、御門の唇が触れている。腕に穿たれた暗い(うろ)に、ちゅ、ちゅ……と労わるようなキスをされ、蓮は思わずため息をついた。 「ここが綺麗に治る頃までには、俺、蓮さまにちゃんと認めてもらえるような、頼もしい男になります。もっともっと、蓮さまに惚れてもらえるように」 「……え?」 「そうなれた時は、俺との子どものことも、考えてもらえたら嬉しいなって……思ってます」 「……」  御門のまっすぐな眼差しを受けとめて、蓮はふっと微笑んだ。そして御門の髪を梳きながら、普段通りの高飛車な口調で、返事を返す。 「あぁ、分かった。その時は、僕ももう一度よく考えてみる」 「あ、ありがとうございます!」  ぱぁっと表情を輝かせる御門の全てが、愛おしい。蓮は柔らかく微笑んで、自ら御門の唇にキスをした。  ――僕はもう、言葉では言い表せないほどに、陽仁に惚れているんだけどな。  ――それこそ、陽仁との子どもなら、産んでもいいかなと思えるほどに……。  しかし、蓮はまだそれを口にしない。  いつしか本当に、迷いなくそう言い切れる時に、きちんと御門に伝えたいと思ったからだ。  舌を絡め合ううちに、行為が再び熱くなる。  言葉を交わす余裕も消え失せるほどに、甘いひととき。  蓮は御門から与えられる深い愛撫に、心から酔いしれた。

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