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18、もうひとつのニュース

 御門は虎太郎と握手を交わし、爽やかな笑顔を浮かべながらこう言った。 「いい男だなぁ。春から大学生だって?」 「はい、そうです」 「その若さでこんなに美人の番を得るなんて、君はラッキーなアルファだな」 「ええ、本当にそう思います」  虎太郎は礼儀正しい口調でそう言いながら、大人びた微笑みを浮かべた。年上相手の会話をそつなくこなしている虎太郎からは、普段のぶっきらぼうさなどは微塵も見て取れない。 「御門さんは、もう番がいるんですか?」 「俺? あぁ、うん。いるよ」 「えぇ!? そうなん? 葵くんのパーティの時、手ぇの届けへん相手に恋してどうのこうのって言うてへんかった? オメガになりたいとかなんとかって」 「あー……よく覚えてるなぁ」 と、御門は照れ臭そうに頬を掻く。すると蓮と葵もソファの方へとやって来て、めいめいがゆったりと、コの字型に置かれたソファに腰を下ろした。  御門の隣に座った蓮は、長い脚を組んで紅茶を飲んでいる。その姿を見つめる虎太郎からは、そこはかとなく緊張感が漂っていた。  須能にとっては親しみのある存在だが、蓮はやはり、慣れない相手に威圧感を与える存在なのだなぁと再認識する。虎太郎の緊張を和らげるためにも、須能はのほほんとした口調で御門に話しかけた。 「よろしいなぁ。今度また紹介してぇな。御門さんの番はんも」 「え? あ、うん、もちろん……」  ちらちらと蓮のことを気にしつつ、御門は頬を赤らめて笑みを浮かべている。二人の間に漂う空気感に妙な違和感を感じた須能は、小首を傾げて二人のことを見比べていた。すると蓮が、手にしていたカップとソーサーをテーブルの上に戻し、おっとりとした口調でこんなことを言う。 「それより……須能、おめでとう。まさか虎太郎くんと番うことになるとはな。僕もびっくりしたよ」 「ありがとうございます。ええ、ほんまに。こんな若くて可愛いアルファの子ぉに好いてもらえるなんてね」  そう言って須能が微笑むと、隣で虎太郎が少しばかり頬を赤らめた。そして小声で、「子って言うなよ」とぼやく。 「あぁ、せやったな。ごめんごめん」 「ったく……やっぱり今もガキ扱いじゃねーか」 「そんなことないよ」  のほほんとした二人のやりとりを見て、蓮と御門が笑った。そしてまた、嬉しそうな表情を浮かべつつも、好奇心に目をキラキラさせている結糸の隣で、葵も安堵したような表情を浮かべている。  ちらりと葵の方を見ると、深い紺碧色の瞳と視線が絡む。すると葵は、ふわりと小さく微笑んだ。  いっときはあんなにも恋い焦がれた、美しいアルファ。  あの頃は、葵も須能も、本物の愛や恋を知らなかった。互いに頑なになっていたあの頃の出来事を思うと、二人ともが良き番を得ている今が、何より幸福なことだと改めて気づかされる。  須能もまた葵にそっと微笑みかけて、ゆっくりと目を伏せた。そしてさりげなく、蓮と御門、そして虎太郎の会話に加わってゆく。  ――今はもう、葵くんを見ても何も感じひん。少し前までは、葵くんと顔を合わせるだけで、落ち着かへん気分になってたのにな……。  自分の心の変化を改めて感じつつ、須能は虎太郎の生真面目な横顔を見上げた。  虎太郎は須能の人生を、一瞬にして明るいものへと塗り替えてくれた。もしあのとき、虎太郎と出会っていなければ、自分は一体どうなっていたのだろう……と、須能はふとそんなことを思った。 「ん? どうしたんだ?」 と、須能の目線に気づいた虎太郎がこちらを向く。須能は軽く首を振り、にっこり虎太郎に微笑みかけた。 「ううん、なんもないよ」 「そうか?」 「そうそう、こちらからもお前に伝えておきたいことがあるんだ」 と、蓮が軽い口調でそう言った。須能は蓮の方を向いて姿勢をただすと、「どないしはったんですか?」と尋ねる。すると蓮はいつになく晴れやかな笑みを浮かべつつ、こう言った。 「結糸が、妊娠したんだ」 「えっ? えええっ!? ほんまに!?」 「……あ、へへ……そうなんです」  葵の傍に座った結糸が、ちょっと照れ臭そうにそう言った。横にいる葵も、ふんわりと優しい笑みを浮かべている。 「そうなんや! うわ……おめでとう。ほんまによかったなぁ……!」 「はい、ありがとうございます。色々相談のってもらえて、俺、すごい心強かったですよ」 「えぇ? いやいや、大したこと言うてへんから。それにしても……そぉか、よかった」  ざっくりとしたセーターを着ているため目立ってはいないものの、そう言って微笑む結糸の腹部は、確かに少しふっくらしているように見えた。  須能はソファから立ち上がって結糸の隣に腰を下ろすと、そっと結糸の腹部に触れてみた。  ――葵くんと結糸くんの、子ども……。新しい命……。  ふわりとしたセーターの下に、丸く膨らんだ結糸の肌を感じると、何だか妙にくすぐったいような気分になり、ほんのりと目頭が熱くなる。 「いつ、産まれはんの?」 「ええと、九月頃です」 「そぉか……そら楽しみやなぁ。産まれたらすぐに教えてや。会いに来るから」 「はい! ありがとうございます!」 「葵くんも、よかったなぁ」  須能が目尻を軽く拭いながらそう言うと、葵は目を細めて優しく笑う。そして愛おしげに結糸の背中を撫でながら、葵はしっかりとした声で礼を述べた。 「ありがとう、須能」 「とうとう君もパパになるんかぁ。それでピアノとか弾いてはったん?」 「うん、そうなんだ。小さい頃、兄さんが俺のためによく弾いてくれてたのを思い出してさ。俺も自分の子に聴かせてあげられたらいいなと思って」 「へぇ、よろしいやん。胎教にも良さそうやし」 「そうだろ」  のんびりと言葉を交わす葵と須能の顔を、結糸がひっそりと見比べていることに気が付いた。  いつぞや、結糸には随分ひどいことをしてしまった。  その上、結糸は須能と葵の関係性についてもよく知っている。結糸にも、色々と思うところがあるのではないかと思いを巡らせつつ、須能はそっと手を伸ばし、結糸の頭をぽんぽんと撫でてみた。結糸はちょっと驚いたように目を瞬いたが、すぐにぽっと頬を染めて照れ臭そうな顔になる。 「へへ……」 「僕もホッとしたわ。でも、大変なのはこれからや。しっかりしていかなあかんな」 「は……はい!」 「なんかあったら、これまでみたいにまた連絡してきたらええ。身体、大事にするんやで」 「はい、気をつけます」  しっかりと頷く結糸の瞳は、凛としていてとても美しかった。揺らぎのないその眼差しからは、国城家の一員としての覚悟が、しっかりとその身に馴染んでいる様子が見て取れる。  いっときは『自分などが、優秀な子どもを産めるのか』と思い悩んでいた時期もあったけれど、今の結糸には、国城葵の番を名乗るに恥じないほどのきらびやかさが備わっている。  そしてさらに結糸の表情を輝かせるのは、国城家の新たな命を宿しているという誇らしさであろう。しばらく見ないうちに、結糸はずいぶん立派になったものだ——と、須能は結糸の成長を喜ばしく感じていた。  結糸の存在に、深く傷つけられたこともあった。そして、須能が結糸を傷つけたこともあった。  葵への感情を断ち切れず、苦しんだ時間もあった——  もし、虎太郎に見つけてもらわなければ、須能はこんなふうに、結糸の懐胎を素直に祝えなかったかもしれない。須能は元いた場所へ戻り、虎太郎の隣に腰を下ろした。 「須能さん、今夜はここで食事していきませんか? 俺、二人が番うまでの話を聞きたいです」 と、結糸が楽しげな声を出す。すると葵も頷いて、「うん、俺も聞きたいな」と言った。 「えぇ? 聞きたい? 虎太郎、どないしよ」 「お、おお、いいよ。ちょっと恥ずかしいけど……」 「やった! ありがとうございます! 実はすげー気になってんたんだ!」 と、結糸が弾んだ声を出すと、蓮がやれやれとため息をつきながらこう言った。 「全く……ミーハーだな結糸は」 「蓮さまだって気にしてたじゃないですか。いつの間にそんなことになってたんだろう……って言ってましたよね」 「……まぁ、そうだけど」 「いいじゃないか、大勢でわいわい食事をするのも楽しいしな! よぉし俺、さっそく勢田さんに頼んでくるわ。虎太郎くん、何食いたい?」 と、御門が意気揚々と立ち上がる。すると蓮が呆れたような顔をして、御門のシャツの裾を引っ張った。 「どうしてお前が一番張り切ってるんだ」 「え? あはは、すみません。めでたいことで、ついテンション上がっちゃって」 「まったく……」  御門をたしなめる蓮の口調はどこか甘く、二人で見つめ合う表情もとても優しい。  蓮と御門の関係性に疑問を抱きつつも、須能は傍らに寄り添う虎太郎の手を軽く握った。

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