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第2話

 転校生が登校一発目に訪ねるのは常識的に考えても普通は職員室だが。特権その一で教員寮のうちの1室をもらったおかげで学生に一度も会わずに登校した俺は、理事長室で早々に転校生とご対面となった。  入寮日は4月1日だったはずだが、向こうも何やら諸事情あったそうで今日から入寮なんだそうだ。  てことは、今頃学生の間では正体不明転校生の噂で持ちきりだろう。二人転入してくるのは知らされているだろうし、どちらも今日まで顔を見せていないから。  理事長室に先にいた王道転校生は、本当に見るからに王道転校生テンプレだった。あからさまなボサボサかつらに分厚いけれど度数の入っていない眼鏡。眼鏡で隠されていても歪まない顔は整った可愛い系。身長も低くて、足はでかいからこれから成長期なんだろう。  ノックして許可を得て入室した俺は、先客がいるのを確認して早速化けの皮を被った。 「今年からお世話になります、鷲尾麒麟です。よろ……」 「あっ! お前も転校生なんだ! 俺、梅沢遥! よろしくなっ、麒麟!」  ……前途多難。  答える気力も湧かず叔父を見やれば、苦笑と共に肩をすくめられた。 「ようこそ、鷲ヶ尾学園へ。担任が迎えに来るからしばらく待っ……」 「麒麟! お前、挨拶くらい返せよ! 失礼だろ!」  失礼なのは年長者の言葉を遮る馬鹿の方だと思うがね。  ずかずか歩み寄ってきて肩に手が伸びて来るのをそっと避け、さらに困ったように笑って「座って待ってて」と改めて勧める叔父に従ってソファーに腰を下ろす。  するとすかさず転校生も俺の横にドサッと身を投げた。座り心地の良いソファーが俺を跳ね上げるようにバウンドする。一体どんな座り方をするとこうなるのか、たった今見ていたが理解に苦しむ。  ずっとやんちゃしてて上流階級の立ち居振舞い礼儀作法なんか知らなかったうちの彼氏でさえ、初対面でもここまで酷くなかったぞ。 「同じ転校生同士仲良くしようぜ! お前、愛想悪いし友達少ないだろ? 俺が友達になってやるよ!」 「別に友達くら……」 「別にって何それ、ツンデレ!? 受ける~!」  友達くらい自分で作るっての。  まぁ、こいつに目を付けられた時点で絶望的かもしれないが。呆れてため息を吐けばそれもツンデレ属性に振り分けられたようで、黙っているうちに隣でペラペラと捲し立てられた。うん。耳栓は必要経費で落としてもらおう。  隣の騒音を耐えてしばらくして、ノックと共に中年のひょろっとした男性が入ってきた。年齢と服装から教師であるのは間違いなく。叔父の紹介でクラス担任と分かった。  言っちゃなんだが。頼りない。  案内されたのは学年末試験成績順なクラス分けの最低ランククラスだった。もちろん俺の成績ではなく梅沢の成績だ。まぁ、俺の成績でも最高ランクには届かないけどな。  校内を簡単に説明されながら教室に入り、クラスメンバーの半分ほどが入れ替わったためどうせ自己紹介はさせるからと事前には紹介されずに席につく。助かることに、梅沢は窓側最前列、俺は廊下側最後尾と対角線な席次だった。まぁ、苗字の五十音順だろう。  一回り簡単に自己紹介が済んでから、梅沢と俺が今年からの外部生だと紹介して担任は解散を告げた。初日はどこもHRだけなのは同じなようだ。  高校からでも外部生は珍しい一貫校らしく、教師がいなくなると俺の周りに人がわらわら集まってくる。チラリと向こうを見れば、どうやら不人気のようでむしろ自分から話しかけに言って迷惑がられている様子だ。 「ねぇ。鷲尾君は理事長の親戚か何かなの? 同じ苗字なんて珍しい」  おっと。そういや、隠すべきかバラすべきか聞いてなかった。まぁ、隠してもいずれバレるか。 「そう。叔父」 「へぇ! なら、親類の伝なのかな? でも、それならなんで中途入学?」 「ん、まぁ、色々あって……」  根掘り葉掘り聞きたいのは分かるが遠慮してほしい。なので濁して答えてみれば、そうか、と察して引いてくれる。こういうところ、育ちの良さが出るよな。  それからは、普通の公立高校に通っていた話題振りに乗って庶民的学生生活に質問が集中し、わいわいと楽しい時間を過ごすことができた。ふと気付けば梅沢は教室内に姿が見えず。見張っていても仕方がないので俺の興味もそこで終了。 「腹減らない? 食堂まで案内してもらえると嬉しいんだけど」  何せ学園内は広いんだ。幼年部から高等部まで敷地は隣接していてもそれぞれ別環境に区切られていて、それでも森の中かと錯覚する樹木の多さと比例した移動距離がある。学生の生活空間は校舎より寮の方が圧倒的に滞在時間が長くて、それなりの住環境が整備されている。それらを覚えるには取り巻きの多い今のタイミングがベストだろう。  クラスメイトに連れられて寮に隣接する食堂へと案内される道すがらも脳内地図作成に精を出し。たどり着いたのは絢爛豪華な洋館風のホールだった。  さすが金持ち学校。食堂というよりレストラン。イタリアン的にいうならトラットリアじゃなくてリストランテってところだ。  メニューも選択できるようになっていて、学生証を読み取らせて起動するオーダー端末が各テーブルに配置されていて、料金は学生口座からの引き落とし。学内で購入するものは基本的に学生証払いだから、財布を持ち歩く必要がないシステムになっている。  って、なんか覚えがあるなと思ったら。一昨年辺り企画に口出してたわ、俺。母親の経営するシステム屋でやってたプロジェクトの一部がこれだ。  空いていた席に座っていくらか人数の減ったグループで何が美味しいだのお勧めだのと聞いていた時だった。  ガシャーンッ  明らかに陶器の割れた音。しかも大量に。何事かと音の発生源であるらしい2階テラス席に目を向けて。  初日から問題を起こすのは王道転校生のデフォルトだよな、そうだよな。  そこに見えたのは振り乱されるボサボサ頭だった。

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